去年の帽子は流行遅れです。
かつて宮廷に出入りしていた頃と違い、今は領地に引っ込んでいるため、たまにやってくる侯爵夫人を見ては、いまの流行を知るようになっている。
ここと宮廷は距離としてはそう離れていないのだが、ものすごく遠く感じる。
「ねぇん、その帽子、去年も使っていなかったぁ?」
「あら、そうね。」
ドキッとした。
「気に入ってるの。」とごまかす。
そういえば、来季のドレスはまだ頼んでもいない。
夫も留守にしがちだし、見せる相手もいないので、気乗りしなくて、後回しにしていた。
以前のわたしだったら考えられなかったが、あまり身なりが気にならなくなっていた。
「十分使えるのよ。」
「やだわぁ、そういう発想。ババくさいもの。」
病気かうつるとでも言いたげに、彼女は柳眉をひそめた。
「見てん、このサッシュベルトの深い青色。両端には宝石の縫い取りがあるの。どちらも、隣の国のものよん。」
陛下が隣の国との友好を達成されたから、いま宮廷人はこの色や石を必ず衣服のどこかにあしらっているそうだ。
「ねぇ、戻ってきてちょうだいよぉ。あなたがいない宮廷はつまらないわ。」
本気よ、とこちらをまっすぐに見つめる。
「内緒話ができる相手なんて、あなたくらいしかいないのよ。あなたは美人だし、頭もいいし、節度というものを分かっているわ。他の女は、意味もわからず薄ら笑いを浮かべるどんくさいのばかり。一緒に宮廷を盛り立てましょうよぉ。」
「わたしがいなくても、宮廷は華やかでしょうに。」
「知らなくても無理はないわねん。あなたが領地にこもってから、力を持つ方たちが次々と宮廷を離れているのよ。」
さらりと言われたが、内容は重い。
それで、今回の隣国との友好に話がつながるのだと納得した。
国内に悩みを抱えるいま、隣国にかかずらってはいられないのだろう。
「とどまらせようとはなさらないの?」
「もちろんそうよ。でも、あまりに無理を言って反発を買っては、余計やりづらくなるもの。顔色を伺いつつ、ね。」
重く理解した、ということをほのめかすために、あえて「陛下は」という主語は入れなかった。
その意図を、この友人は正確に受け取ったようだ。
「だからあなたは好きなのよん。」とにっこり微笑んだ。




