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令嬢は一途な恋を見た  作者: あやさと六花


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6話 狂信者

 夜暗に沈んだ修道院の廊下を、イヴォンヌは灯りも持たずに歩いていく。

 今夜も嵐だ。時折落ちる雷以外に足元を照らしてくれるものはないのに、彼女は迷いなく進んでいく。


 フランチェスカは背後を警戒しながら、イヴォンヌの後をついていった。

 声をかけて止めた方がいいのかと考えたのだが、シュゼットの時のように話しかけないほうがいい気がしたのだ。


 とても長い時間に感じられた。だが、時間にすればほんの数分だろう。

 イヴォンヌの目的地は令嬢たちの私室からそう遠くはなかった。


「また、礼拝堂なのね……」


 イヴォンヌが礼拝堂に入ったのを見届け、フランチェスカは扉に近づいた。


 扉を開こうとした時、中から話し声が聞こえた。


「ねえ、…………だから……」


 イヴォンヌの声だ。珍しくはしゃいだような声を上げている。


 フランチェスカは扉を開くのを止め、中の様子をうかがった。だが、しばらく聞いていても、イヴォンヌの声しか聞こえてこない。


 意を決して、フランチェスカは扉をゆっくりと開けた。

 幸い、イヴォンヌはこちらに背を向けているため、フランチェスカには気づいていない。


 辺りに視線を走らせるが、他に誰もいない。見えない位置にいるのだろうか。

 

 もっとよく聞こうと扉を開いた時、その言葉が明瞭に響いた。


「私が捧げた供物はおいしかったかしら? 次が最後の供物よ。だから、どうか私の願いを叶えてちょうだいね」


 供物。願い。そして、礼拝堂。

 それらの単語を結びつけて出てくるのはただひとつ。

 悪魔だ。

 イヴォンヌは悪魔に供物を捧げていた。


 では、彼女が捧げていた供物とは――


「イヴォンヌ!」


 気がつけば、フランチェスカは礼拝堂の扉を開け、中に飛び込んでいた。


「あら。フランチェスカ。来てしまったのね」


 イヴォンヌはフランチェスカの登場に一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「どういうことなの、イヴォンヌ。供物って……まさか、シュゼットを殺したのは……」

「ええ。私よ。シュゼットだけじゃないわ。最近、亡くなった子たちすべて、私が手にかけたのよ」

「すべてって、カロリーヌも……?」

「ええ。彼女は同室だから、最初の供物にはぴったりだったわ」


 淡々と語るイヴォンヌの顔には、反省も後悔もない。

 彼女は本当にイヴォンヌなのか。フランチェスカの知る限り、こんな残虐なこととは対極にいるような人だったのに。


 愕然とするフランチェスカから目を離し、イヴォンヌは空を見上げた。


「だめよ、この子は供物には向いていないわ」

「なにを言って……」

「婚約者はいるけれど、まだ恋を諦めていないもの。私は彼女を応援したいわ。それに、あなたはもう十分楽しんだでしょう?」


 イヴォンヌは虚空を見て、クスクスと笑う。

 

 フランチェスカは言葉を失った。眼の前の状況に、理解が追いつかない。

 イヴォンヌは一体、何と話をしているのだろう。その瞳には何が見え、その耳には何が聞こえているのだろう。


 震える手から日傘が滑り落ちる。叱咤するように響く甲高い音に、フランチェスカは我に返った。

 そうだ、呆然としている場合ではない。


 フランチェスカはイヴォンヌを睨みつけた。

 

「何故、悪魔に供物を捧げたの? そんなことをしなくても、あなたは好きな人と結婚できるじゃない!」


 楽しそうに笑っていたイヴォンヌが、ぴたりと動きを止める。


「好きな人と結婚? 私が?」

「そうよ! 婚約者が帰国して結婚の日取りが決まったんでしょう? だから――」

「誰が、あんな外道を好きになるのよ!」


 フランチェスカはたじろいだ。

 こんなに強い感情を見せるイヴォンヌを見たのは初めてだった。誰かが失礼なことをした時ですら、やんわりとたしなめるだけで怒ることはなかったのに。


「私が好きなのは、植物を愛する心の優しい人よ。あの人の隣にいる時だけは心から安らげたの。あの人も私の想いに応えてくれた。……でも、身分差があるからと引き裂かれて、婚約者を充てがわれたの」


 同情はするが、よくある悲劇だ。そのような失恋の経験のある令嬢は他にもいる。


「それほど好きで諦められないのなら、駆け落ちをすれば良かったじゃない! シュゼットたちまで巻き込むなんて……!」


 フツフツと怒りがこみあげる。

 何があろうと愛する人と結ばれたいのなら、そうするべきだったのだ。家や安寧を手放すことを嫌がり、好きな人までほしいだなんて、悪魔のような欲深さだ。


「そうね……それができたら、どんなに良かったか……」


 イヴォンヌは力なく笑った。泣いているようにも見える笑顔だった。


「でも、所詮いいわけね。駆け落ちが無理でも、他に道はあったもの。彼のことを忘れられないのなら、シスターになる道もあった。そう、彼のために生き続ける道もあったのよ。……でも、私はこの道しか選べなかったの」

「イヴォンヌ……?」


 異変を察知し、フランチェスカはイヴォンヌに近づこうとした。

 だが、その前に、イヴォンヌは液体の入った瓶を取り出し、あおった。


「ごめんなさい……」


 そのつぶやきと同時に、イヴォンヌは血を吐き出した。

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