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令嬢は一途な恋を見た  作者: あやさと六花


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2/7

2話 悪魔に魅入られた令嬢

 刺繍の時間が終わり、自由時間がやってきた。

 フランチェスカは、中庭のベンチでくつろぐイヴォンヌに声をかけた。


「イヴォンヌ。隣いい? 少し話をしたいんだけど」

「いいけれど……もしかして、さっきのことかしら?」


 フランチェスカは頷いてベンチに座ると、イヴォンヌは微笑んだ。


「愛しい人と結ばれる……っていうのが、気になったのね。ふふ、あなたは恋愛に強い憧れがあるから」

「そ、そうなの! だから、もっと聞きたくて」


 話したかったのはあのような冗談を言った理由だ。

 だが、声をかけたもののどう切り出せばいいかもわからなかった。想い人との恋愛を叶えてくれる悪魔に興味がないわけでもない。

 フランチェスカは曖昧に笑いながら肯定した。


「そうね……だいぶ前に読んだ本だからタイトルは忘れてしまったけれど、覚えている限りで話してあげる」


 とある国に、ひとりの貴族令嬢がいた。

 令嬢は相思相愛の相手と結ばれないことを嘆き、毎日泣いていた。

 そんなある日、闇のように黒いモヤに覆われた悪魔が令嬢の前に現れる。悪魔は令嬢の恋を叶える代わりに供物を要求した。


 高貴で、無垢で、汚れなき体を持つ命を。

 悪魔は若い貴族の娘を欲した。


 令嬢は悪魔の求めるままに、供物を差し出した。仲の良い友人を、自分を慕う親族を、次々と躊躇なく。


 フランチェスカは眉をしかめた。


「どうして、そんなことができたのかしら」

「それだけ、想い人に恋焦がれていたのでしょう。魂を悪魔に売ってでも、一緒になりたかったのよ」


 イヴォンヌは断言し、遠くを見やる。その横顔は哀愁を帯びていた。


 もしかしたら、イヴォンヌは令嬢に共感しているのかもしれない。彼女は愛する婚約者との婚約が破談になることを恐れているから。

 きっとそれは身を裂かれるような思いがするのだろう。平静を装っているが、本当は泣きたくて仕方ないのかもしれない。

 だが、フランチェスカは少し羨ましく思った。


「それほど人を好きになれるのって、どんな感じなのかしら」


 恋に憧れるものの、フランチェスカは恋などしたことがない。

 見目の良い令息に目を惹かれたことはあるが、あくまでそれは美しいものへの好奇心でしかない。絵画に見とれるのと同じようなものだ。


 人から聞くように、物語で描かれるように、誰かに心を奪われるのは未知の領域だった。


 フランチェスカの言葉にかすかな羨望を読み取ったのだろう、イヴォンヌは目を丸くした。


「フランチェスカは令嬢のことが怖くはないの? 恐ろしいことをしたのに」

「彼女のしたことは怖いわよ。理解できないわ。でも……そこまで一途に相手を想える恋はすごいと思う。何があろうと揺らがない愛って憧れるもの。敵対する家同士の恋とか、身分差のある恋とか」

「……どれも難しい恋ね。敵対する家門に嫁げば針のむしろのような生活を送るでしょうし、平民との結婚なんて……それこそ、引き裂かれて終わりよ。下手すれば、平民は殺されるわ」


 イヴォンヌの言葉は大げさではなかった。

 実際に、貴族令嬢をたぶらかしたとして、鞭で打たれて亡くなった庭師の男の話を新聞で見たことがある。

 平民の命は軽い。たとえ、貴族から関係を持ちかけたとしても、責を負うのは平民の方だ。


「できたら、同格の家の令息と舞踏会で恋に落ちるのが理想だけど……無理でしょうね。あーあ。私も、恋がしてみたかったわ」

「悲観しなくても、婚約者と恋に落ちるかもしれないでしょう?」

「その可能性もなくはないけど。大抵は仮面夫婦か仲の良い夫婦止まりじゃない。私は燃えるような恋がしたいの。それに、恋の相手は親が決めた人ではなく、自分で選んだ人がいいわ」


 フランチェスカはため息をついた。

 その様子を微笑ましそうに見ていたイヴォンヌは、ふと表情を引き締め、フランチェスカを見た。


「フランチェスカ。……私ね、少し疑問に思うの。悪魔に従って手を汚した彼女は本当に想い人を愛していたのかしらって」

「え……令嬢は恋人を愛してなかったの?」

「最初の頃は愛していたでしょう。でも……ここまでくると、彼女の愛は妄執に成り果てたのではないかと恐ろしく思うのよ」


 令嬢の想い人は心優しい青年だった。人の苦しみや悲しみに寄り添い、救おうとする善良な人だった。

 そんな人が、他者を犠牲にしてまで令嬢と結ばれることを喜ぶだろうか。

 令嬢は彼が苦しむと知っていながら、その道を選んだ。それは果たして愛なのか。


 愛とは相手の幸せを願うものだとシスターは説いていた。利己的なものは愛ではないと。

 

「イヴォンヌ。私は――」

「イヴォンヌ。やはり、ここにいましたか」


 タイミングが悪いことに、フランチェスカの言葉はふたりのもとに駆け寄ってくるシスターに寄って遮られた。


 イヴォンヌの家は有力な北方の伯爵だ。この修道院に多額の寄付をしている。そのためか、シスターはイヴォンヌをよく気にかけていた。

 時折、込み入った話もしているようで、深刻な顔でイヴォンヌと話しているシスターの姿を見たこともある。


 もしかしたら、今回も重大な話があるのかもしれない。フランチェスカは邪魔をしないように退散したほうがいいのかと考えた。

 だが、シスターはフランチェスカに気づくとにこやかな笑顔を向けた。


「ああ、フランチェスカもいたのですね。ちょうどいいところに、ふたりともいてくれました。あなたたちにご実家からお手紙が来ていますよ」


 シスターは手に抱えた手紙の束から二通の手紙を取り出し、ふたりに差し出した。


 実家の子爵家からの手紙は月にニ、三回来る。フランチェスカも同頻度で返事を出している。

 先週送ったものの返事だろうかと考えながら、シスターから手紙を受け取った。


「ありがとうございます、シスター。……フランチェスカ、私はもう部屋に戻るわね」

「ええ」


 イヴォンヌと別れたフランチェスカは、早速自室に帰って手紙の封を開けた。いつもと違う筆跡に、フランチェスカは一瞬手を止めた。

 ゆっくりと手紙を開く。


 それは、フランチェスカの婚約が決まったことを告げる手紙だった。

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