7 剣と盾1
引き続き女勇者アイラ視点です。
「奇蹟兵装の使い手──勇者ね、あなたたち」
蛇髪の女巨人がアイラたちを見下ろしている。
身長は十メートルほどだろうか。
一見して黒いレザースーツのようにも見える体表はグラマラスで、異形の艶めかしさを漂わせている。
ウェーブのかかった長い髪は一本一本が蛇になっていて、不気味にうねっている。
まるで蛇魔女を巨大化したような姿。
「ただのモンスターじゃなさそうね」
隣でエルザがつぶやいた。
「モンスターと一緒にしないでほしいわね。あたしは超魔戦刃ラシェル。ヴェルフ皇帝陛下に生み出された超常の存在よ」
女巨人が名乗る。
「帝国の改造兵士……ということかしら」
つぶやくアイラ。
もしかしたら、リオネスと交戦したラグディアの同類かもしれない。
「出会った早々で悪いけど──死んでもらえるかしら」
ラシェルが淡々と告げる。
その声には一片の感情もこもっていなかった。
まさしく──兵器のような声音。
「死ね、とは穏やかじゃないわね」
アイラはキッと女巨人を見上げる。
「あたしは第二階位勇者、アイラ・ルセラ。改造兵士ごときに後れは取らないわよ」
すでにいつでも戦闘に移れるよう、全身の筋肉をたわめ、奇蹟兵装の柄に手をかけていた。
「いえ、先に聞いておこうかしら。あなたたち、この辺りで一人の兵士を見なかった? 黒髪に飄々とした雰囲気の中年男よ。名前はラグディア」
と、たずねるラシェル。
「いちおう仲間だし、皇帝陛下の命令だから回収しなきゃいけないのよ」
──なるほど、やはり彼女はラグディアと同じ種類の改造兵士ね。
アイラは内心でつぶやいた。
「あたしも聞いておくわ。この辺りで一人の勇者を見なかった? 東方大陸風の道着を身に着けた、三十歳くらいの男性よ。名前はリオネス」
「なぜ、あたしだけが情報を与えなければならないのよ」
「その言葉はそっくり返すわ」
言いながら、アイラは相手との距離を目測し、微妙に間合いを詰めたり、逆に遠ざかったりする。
それは相手も同じだ。
表面上は軽口めいた会話をしつつ、互いに仕掛ける必殺のタイミングと距離を測っていた。
「気を付けて、アイラ」
背後でエルザがささやいた。
「姿の通りメデューサと同じ能力を持っているとしたら──たぶん石化能力を備えているはずよ」
「石化……ね。ならば、その前に斬り伏せるわ」
アイラは腰の細剣──『奇蹟兵装アスカロン』を構えた。
バチッ、バチィッ、と細い刀身から紫色の火花が弾け散る。
雷撃属性の力を持つ第二階位の奇蹟兵装──アスカロン。
アイラの技量と合わされば、上位魔族すら打ち倒す攻撃力を発揮する。
「全開で、ね」
双子の弟キーラもそうだが、アイラは初見の相手にはまず二、三割の力で様子見するのをセオリーとしている。
余分な消耗を避けるためであり、また生半可な相手には全力を見せたくない、というプライドでもあった。
だが──この相手にそんな余裕は見せられない。
アイラの中の本能が警告しているのだ。
最初から十割の力を出さねば、殺される──と。
「アイラ、私がサポートを──」
「必要ないわ。魔族やモンスターと合成されているとはいえ、しょせんは人間の兵士でしょ」
エルザの助力を断り、アイラは地を駆けた。
本来なら二人で戦った方がいい、と分かっていたが、プライドが邪魔をした。
(あたしは第二階位勇者のアイラ・ルセラ! こんな奴、一人で倒してみせるっ)
メデューサと同じ能力ならば、相手の石化は『魔眼』から発せられるはずだ。
ならば、常に敵の視界外にいるようにして攻撃すれば、勝てる。
「速い──!?」
ラシェルが驚愕の声を上げる。
「あなたが遅すぎるのよ。その図体では小回りが利かないのも無理はないけどねっ」
勝気に叫び、アイラはさらに加速した。
木々の陰から蔭へ。
相手の視界の死角を移動しながら、アイラはラシェルの背後に回った。
「殺った!」
アスカロンを掲げ、雷撃と斬撃の併用技を放とうとする。
刹那、
「アイラ、逃げて!」
エルザの警告が聞こえた。
とっさに本能的に跳び下がり、手近な木の陰に隠れる。
「っ……!?」
直後、右足が鉛のように重くなった。
いや、石のように──というべきか。
彼女の右足は太ももの半ばまでが灰色に変色している。
石化、している。
「そんな、どうして……!?」
「あたしの石化能力は『魔眼』に宿っている。だけど──この両目だけに宿っているとでも思ったの?」
ラシェルの勝ち誇った声。
アイラはようやく気付く。
メデューサの象徴ともいえる、蛇の髪。
その無数の蛇たちの目もまた、石化の魔眼になっているのだと──。





