9 国境地帯へ
「協力してほしい任務……?」
帽子の青年──『風』の四天聖剣セルジュにたずねる俺。
「ここから南方にラエルギアとシルカの国境地帯があります。そこにヴェルフ帝国が攻めこんでいるのです」
ヴェルフ帝国──。
かつてレムフィール王国を訪問した際、戦った相手だ。
奴らは強力な魔獣兵器である『超魔獣兵』を操り、SSSランク冒険者すら手こずらせていた。
「まさか帝国と戦え、っていうのか?」
「いえ、戦争は兵士の領分。わたくしたち勇者が出る幕ではありません」
首を振るセルジュ。
「あなたを探すために三人の勇者が出向いたことは聞きましたか?」
「ああ、そういえば──」
上層部との話で、そんなことを言っていたな。
「あなたが亜空間にいるという推測から、彼らは『空間操作』能力を持つ唯一の勇者──ベアトリーチェさんを訪ねていきました。そのメンバーは『水』の四天聖剣リオネスさん、そして双子の勇者アイラさんとキーラさんです」
「あいつらか」
リオネスという人は知らないけど、アイラとキーラなら面識がある。
エルザの同期であり、前に勇者ギルドに赴いたときには共闘もした第二階位の勇者たち。
「彼らが帝国との戦いに巻きこまれています」
と、セルジュ。
「えっ……?」
「未だ情報が錯綜してますが、どうやらリオネスさん、アイラさん、キーラさんの三名は負傷。さらにベアトリーチェさんが帝国にさらわれたようですね」
セルジュが悲しげな顔でため息をついた。
「わたくしには彼らの手助けと、ベアトリーチェさんの奪還任務が言い渡されました。それをあなたにも手伝っていただきたいのです、マグナさん」
「アイラやキーラは無事なんですか?」
たずねたのはエルザだった。
あの二人は彼女にとって同期だ。
やっぱり心配なんだろう。
「先ほども申しあげたように情報が錯綜していて、正確にはつかめませんが」
と、セルジュは前置きし、
「帝国側が切り札級の兵士を繰り出し、リオネスさんが苦戦しているようです。その他の敵を相手にアイラさんやキーラさんもそれぞれ手こずっているとか……とはいえ、今のところ死亡や重傷の報告は受けていません」
「苦戦……か」
つぶやく俺。
付き合いが長いわけじゃないけど、アイラやキーラはいちおう戦友ではあるし、エルザの知り合いでもある。
「助けに行くか」
「なのです」
うなずくキャロル。
「そうよね」
エルザが微笑んだ。
「あなたならそう言っていただけると思いました。上層部に代わって感謝いたします」
セルジュが一礼した。
「では、わたくしが国境まで案内します」
「えっ、お前も行くのか?」
「ベアトリーチェさんはギルドにとって重要な人材ですし、リオネスさんたちが苦戦する相手なら、四天聖剣級の勇者が行ったほうがいいでしょう」
驚く俺にセルジュが説明した。
「他の二人──『火』と『地』の四天聖剣の方々は、それぞれ魔族との戦いに出張っています。魔軍長クラスが率いる魔軍が他国に侵攻を始めたので」
「魔軍長クラスが……?」
「ここ数日、魔王軍の攻勢が活発になってきているんです」
と、セルジュ。
色々と、きな臭い感じだ。
嫌な予感がした。
帝国の侵攻だけじゃなく、もっと大きな戦いが──世界全土を包みこんでいっているような。
そんな、不穏な予感がした。
※
ヴェルフ帝国、帝都。
「ラグディアが暴走したか」
城の最奥で皇帝がうなった。
魔術師を思わせる漆黒のローブとフードを身に着けた壮年の男である。
「だが、四天聖剣とある程度渡り合えるとは……思った以上に戦闘力があるようだ」
魔王から授かった秘法によって生み出した究極の生体魔導兵器──『超魔獣兵』。
絶大な戦闘力を持つこれらは帝国の切り札であり、現在展開している世界侵攻作戦においても絶大な戦果を生み出している。
とはいえ、一体を生み出すコストが膨大なうえに、運用も簡単ではない。
しょせんはモンスターであり、軍の作戦行動通りに動いてくれるとは限らない。
実際、ある部隊は『超魔獣兵』の暴走により壊滅してしまったほどだ。
それを避けるため、理性と高い知能を備えた新たな『超魔獣兵』を生み出すことを、皇帝は考えた。
その試作実験兵士第一号がラグディアだ。
人間をベースにしただけあって、理性と知能を備えた兵士として誕生した。
──はずだったのだが、
「まだまだ不安定さが残る、か」
ため息をもらす。
と、
「奴はしょせん最初期の兵士ですもの」
「俺たちは違いますよ、皇帝陛下」
「ラグディアではなく、第二期兵の私たちにご命令いただければ、陛下のご期待に応えてみせましょう」
謁見の前に、いくつもの赤い眼光が浮かんだ。





