8 勇者ギルドの策動
「せっかくのお誘いですけど……天軍に入るとか、勇者になるとか、俺はそんな大それた存在にはなれそうにありません」
俺は首を左右に振った。
ちょっと前までは最底辺の冒険者だったんだ。
SSSランクまで上がったのも夢みたいな話だけど、神に選ばれた存在──みたいな話になってくると、もはや何がなんだか。
俺はもうちょっと分相応な生き方をしたい。
それに──。
『なんだか、随分と遠い人になってしまった気がするのです』
先日の、キャロルの言葉が脳裏をよぎる。
『マグナさんが英雄になっても──ときどきは、こうやって穏やかな時間を過ごしたいのです』
そうだな、キャロル。
俺も同じ気持ちだ。
たとえ、以前とは違う力を手に入れても。
たとえ、スキルの力で英雄的な功績を上げても。
そして、こんな大それた勧誘を受けても──。
俺は俺、マグナ・クラウドだ。
だから。
「俺は、これからも冒険者として生きていきたいので」
「な、何、本当に断る気か!?」
「歴史に名を残す存在になれるのだぞ?」
「冒険者などといういかがわしい職業とは違う」
「聖なる戦士として、永遠に君の名前は残る──」
モノリス群が激しく明滅していた。
上層部の動揺を表すように。
「いや、気に入ってるので。冒険者生活」
俺はそっけなく言った。
それに──冒険者を勇者より下に見るような発言は好きじゃない。
「用件がそれだけなら俺は失礼します」
言って、部屋を後にした。
※
マグナが去った後、勇者ギルドの上層部メンバーは意見を交わしていた。
「あっさりと断るとは」
「簡単には、我らの手駒にならぬか」
「欲がないというか、なんというか」
「いずれにせよ、あの者にはさらなる戦いを経験させる必要がある」
「因果律の外に在る力──あの【虚空の封環】もまだ成長の余地がある」
「ならば、より過酷な戦場にあの者を送りこむとしよう」
「だが、あの者が我らの言葉に素直に従うか?」
「欲で動かないなら、情で動かせばよい」
「情に訴えかける……か」
「ふむ、よいかもしれんな」
十のモノリスは次々に明滅し、次の策を練る──。
※
『大聖堂』を出た俺は、近くで待機していたキャロルやエルザのところに戻った。
「マグナさんが最上級の勇者に……?」
「しかも断ったの?」
「いやー、俺には分不相応だと思って」
驚いたようなキャロルとエルザに、俺は苦笑を返した。
「あれ? エルザの奇蹟兵装ってそんなデザインだったか?」
彼女の持っている盾が、以前と違うことに気付いた。
エルザの奇蹟兵装『スヴェル』は白い六角形の盾だ。
だけど今、彼女が背負っているのは黄金に輝く八角形の盾だった。
「ああ、これ? さっきギルドから新しく授けられたのよ」
エルザは縦ロールの金髪を、ふぁさっ、とかき上げた。
ドヤ顔全開だ。
「どうやら私の『心の力』が以前より上がっていたらしくて、もっと上位の奇蹟兵装を扱えるようになっていたの」
言って、新しい盾を掲げる。
「主天使級奇蹟兵装『アイギス』。以前の第九階位から一気に第四階位までランクアップよ! おーっほっほっほ!」
と、高笑い交じりに説明する。
「へえ、よかったな。エルザ」
「あたしはさっきも一度言いましたけど、あらためて──おめでとうなのです」
「ありがとう、二人とも」
俺たちの祝福に、エルザははにかんだ笑みを浮かべた。
と、
「少しよろしいですか、マグナ・クラウドさん」
突然、背後から声をかけられた。
ギクッとして振り返る。
直前までなんの気配もなかったっていうのに──。
まるで風のように現れたのは、一人の青年だ。
年齢は二十代後半だろうか。
つばの広い帽子の下には、柔和な顔立ち。
華奢な体つきには草色の衣。
背中には長い弓を背負っている。
「お前は……?」
「お初にお目にかかります。わたくし、『風』の四天聖剣セルジュ・ティノドーラと申します。以後お見知りおきを」
青年は丁寧な仕草で俺たちに一礼した。
「四天聖剣──」
エルザが息を飲むのが分かった。
それは、最強と呼ばれる四人の勇者たちのことだ。
「勇者ギルドの上層部からのお達しで、あなたに会いに来ました。協力していただきたい任務があります、マグナさん」
セルジュが恭しい口調で頭を下げた。





