6 混戦、そして
今回まで魔族ルネ視点、次回からマグナ視点に戻ります。
「剣術のパターンが突然変化した……!?」
リオネスが戸惑いと驚きの入り混じった表情でつぶやく。
「へっ、強い奴と戦い、その戦いを覚えて──俺はもっと強くなる」
ルネはニヤリと笑った。
ゾッとするような恐怖感と。
ゾクゾクするような高揚感と。
その狭間で──。
ルネは右手に大剣を、左手にナイフを構え、リオネスとの距離を詰める。
「まだあがく気か」
最強の勇者は大剣を手に、同じく距離を詰めてきた。
「諦めろ。お前では私に勝てん」
「ぬかせ! これくらいで心折れるかよ!」
ルネはますます闘志を燃え立たせた。
そのとき、
「だーかーらー、僕を忘れちゃ困るってば!」
怒りの声とともに、横合いから無数の触手が殺到する。
ラグディアだった。
痩せた顔にニヤリとした笑みを浮かべ、背中から生えた触手を振り回している。
「何っ……!?」
ルネは表情をこわばらせた。
完全な不意打ちだ。
しかもリオネス相手に全神経を集中していた最中だけに、迎撃態勢を取ることなどできるはずもない。
「ふざけやがって……」
こちらに向かってくる触手は全部で三本。
いずれも甲殻類の脚を思わせる、硬質なフォルムをしている。
「速い──」
大気を切り裂きながら、無数の関節を複雑にひねり、予想外の角度から襲いかかる。
「ぐあっ……!?」
ルネはひとたまりもなく三本の触手に腕と脚、胸を切り裂かれた。
そのまま吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられる。
「スキル【海破障壁】」
一方のリオネスは奇蹟兵装のスキルを発動し、触手を防いでいた。
「へえ、完全に不意を突いたつもりだったんだけど……やるねぇ」
「あいにく、私はお前を常に注視していた。ダークブレイダーごときの相手など、片手間で十分」
平然と告げる最強勇者。
「……今はまだ、な」
「僕との勝負なら片手間では無理だよ」
「だろうな」
リオネスとラグディアが十数メートルの距離を置いて対峙する。
互いの放つプレッシャーがぶつかり合い、見えない火花が散っていた。
(ちっ、俺は問題外ってわけかよ)
二人の超戦士を横目に、ルネは内心で舌打ちした。
悔しいが、確かに彼らと自分の間には大きな実力の隔たりがある。
(だが、可能性はつかんだ)
最後の攻防で繰り出した、とっさの二刀流。
見様見真似だけに、とても実戦で使えるレベルではないが、しかし──。
(いずれ、必ず)
と、
「大丈夫ですか、ルネ様」
駆け寄ってきたのはミジャスだ。
「『ラージヒール』」
治癒呪術で彼の傷を治してくれた。
「……ふうっ」
ルネは息をついて立ち上がった。
さすがにミジャスの治癒の腕は確かで、すっかり全快していた。
「もはやラグディアは手に負えません。ですが、彼の戦闘力は予想以上に高いようです。リオネス相手にもある程度戦えるかもしれませんね」
言って、ミジャスは周囲を見回した。
切れ長の瞳に妖しい光が浮かぶ。
「私に捕まっていてください」
「何?」
「早く」
促され、理由が分からないながらも彼女の腰に手を回すルネ。
「ふふ、殿方とこれだけ密着するとドキドキしますね」
「……戦場で冗談言ってる場合か」
「あら、冗談のつもりはありませんよ?」
艶然と微笑むミジャス。
「で、何をするつもりなんだ」
「あら、つれないですね」
ミジャスは笑みを深くして、視線を背後に移した。
そこにいるのは三人の男女。
双子勇者のアイラとキーラ、そして──。
もう一人は見慣れない女勇者だ。
艶やかな黒髪の美女で、顔の下半分をヴェールで覆い隠している。
「彼女には利用価値があります。リオネスがラグディアに気を取られているのは、計算外の好機──この隙に連れて帰りましょう」
ミジャスが言った。
「あなたは双子勇者の迎撃を」
「なんだかよく分からないが、分かった」
うなずくと同時に、
ぐんっ!
いきなりミジャスがすさまじいスピードで前進した。
移動用の呪術なのか。
まさしく風のようなスピードであっという間に三人の勇者たちの元へと肉薄する。
「っ!?」
アイラたちが驚いた顔でこちらを振り向いた。
「遅い──」
微笑んだミジャスが手を伸ばす。
黒髪の女勇者を脇から抱えるようにして、さらに直進する。
どうやらミジャスの狙いは、最初から彼女だったらしい。
「ま、待て……っ!」
虚を衝かれたらしい双子勇者は、すぐに追ってきた。
「ルネ様!」
「ちっ」
舌打ちまじりに、ルネは手持ちのナイフをすべて投げつけた。
もちろん、こんなものでアイラたちは倒せないが、牽制にはなる。
その間に、ルネたち三人は戦場から離脱した。





