5 闇の剣士VS最強勇者
引き続き魔族のルネ視点です。
「いくぜ、勇者様っ!」
ルネは四足獣を思わせる低い体勢から一直線に疾走した。
そのスピードはほとんど亜音速に達している。
並の戦士なら反応すらできない超速だ。
「防御を無視した捨て身の突進か。下級魔族のレベルをはるかに超えた速度だ」
リオネスは慌てた様子もなく、淡々とつぶやいた。
その双眸がルネをまっすぐに見据えている。
一挙手一投足を見切り、分析するように。
「へっ、随分と余裕を見せてくれるじゃねーか!」
ルネはさらにもう一段、加速した。
一瞬でリオネスの懐に飛びこみ、大剣を突き立てる。
手ごたえは──なかった。
「っ……!?」
「確かにお前のスピードは一流だ」
背後から声がした。
「だが私は、それ以上の速度を持つ上位の魔族と何度も戦ってきた。驚くには値しない」
「てめぇ……!」
慌てて跳び下がるルネ。
リオネスは追撃するでもなく大剣を構えたままだ。
その視線は、すでにルネから外れている。
少し離れた場所にいるラグディアに向けられていた。
「俺なんていつでも殺せる……眼中にないってことかよ」
ルネはぎりっと犬歯を噛み鳴らした。
「舐めやがって」
「今のでお前の力量は把握した。この私にも、そしてラグディアとかいう帝国の兵士にも遠く及ばない」
リオネスが告げる。
「だが、今の一瞬──お前に攻撃していたら、その隙をラグディアに突かれていたかもしれない。だから斬らなかっただけだ」
「それを舐めてるっていうんだよ!」
ルネは怒りの雄叫びとともに、ふたたびリオネスに斬りかかった。
相手は自分を敵として見ていない。
敵にすらならない、と認識している。
屈辱でしかなかった。
(なら、認めさせてやる)
俺の力を。
強さを。
燃え上がるような闘志を乗せ、ルネは剣を振るう。
「無駄だと言っている」
リオネスはそのことごとくをブロックした。
平然と。
やすやすと。
「そろそろ気は済んだか」
「へっ、済むわけねーだろ!」
ルネはさらに剣を撃ちこんだ。
「お前を倒すまでは!」
「……これは」
リオネスの表情がわずかに変わった。
「先ほどよりも速くなっている──それに、威力も強く……!?」
「今の俺がお前に勝てないなら、もっと強くなるだけだ! どこまでも自分を磨き、いずれお前を超えてやる!」
ルネはあらゆる角度から打ちかかった。
封神斬術、雷牙刃。
同じく、風牙刃。
同じく、戦牙刃。
同じく、龍牙刃。
縦横から繰り出す剣は、一撃ごとに速く、鋭く──どこまでも威力を増していく。
「また速くなった──」
リオネスが数歩後退する。
「しかもこれは──ザイラス流剣術に似ている……!?」
「ザイラスなんて知るかよ!」
ルネが旋回させた剣を、リオネスはやすやすと受け流した。
「まだまだ荒いな」
「俺の剣は封神斬術──魔王が創始した魔族の最強剣技だ!」
技で劣る分は、力で押しこむ──といわんばかりに、ルネはさらに二撃、三撃と繰り出した。
リオネスは今度は受け流さず、数歩後退する。
「──なるほど、魔王ヴリゼーラが使っていた剣技というわけか」
その表情が険しくなった。
「我が祖父ザイラスの師匠……汚れた剣技だ」
「剣に汚れも清らかもねーよ!」
「我がメルティラート家にとって、それは汚点だ! 勇者の師匠が魔王だったなどと!」
リオネスが吠えた。
「お前は、我が剣で斬り伏せる……いくぞ!」
今まで悠然と防御に徹していた勇者が一転、攻勢に移る。
一撃。
大剣で受けると、刀身に大きな亀裂が走った。
信じられないほど重く、強烈な斬撃だ。
「こいつ、急にパワーが……!?」
神の武具である奇蹟兵装は、持ち主の『心の力』に感応し、その出力を上下させる。
ならば、リオネスの心の高ぶりが『ガブリエル』の威力を上昇させているのか。
二撃。
受け流そうとしたところで、威力を殺しきれずに刀身の先端が折れ飛んだ。
さらに繰り出される三撃目。
このままでは大剣ごと斬り伏せられる──。
「ちいっ」
とっさに左手でナイフを抜いた。
大剣とナイフで挟みこむようにして、かろうじてリオネスの大剣の勢いを逸らす。
「……むっ?」
リオネスがわずかに戸惑いの声を上げた。
その間に、ルネは大きく跳び下がった。
「はあ、はあ、はあ……」
今の攻防だけで、激しく息が乱れる。
無我夢中で出した、変形の二刀流──。
少し前に戦ったSSSランク冒険者ヴルムの動きを、無意識に模したものだ。
「剣術のパターンが突然変化した……!?」





