3 ときどきは、穏やかな時間を
その日の夜──。
「美味しかったのです」
「お酒もよかったわ」
「ああ、いい店だったな」
俺はキャロル、エルザと微笑みあいながら店を出た。
SSSランク昇格記念に、アルトタウン一の高級店でキャロルとエルザがお祝いしてくれたのだ。
さすがに料理も酒も一級品だった。
「ふう~、地面が回ってる~」
エルザはけっこう酔っているようだ。
「少し飲みすぎたんじゃないか?」
「ちょっと休む~」
はふぅ、と息をつくエルザ。
「近くに公園があるので、そこで休むのです」
「だな」
俺たち三人は数十メートル先の公園に向かう。
と、
「あれって、マグナさんじゃない?」
「きゃー、こっち向いて~!」
道行く女の子たち──たぶん十代だろう──が、すれちがいざまに俺を見て、いっせいに歓声を上げた。
「すごい人気なのです」
「はは……」
俺は苦笑しつつ、彼女たちに手を振る。
うーん……【ブラックホール】を身に着ける前は、想像もしていなかった光景だ。
「収入も、たぶんもう一生使い切れないくらいに稼いだよな」
前回のクエストだけでも、一般庶民が一生で稼ぐ額の数十倍くらいの報酬をもらった。
正直、使い道に困る。
「大金持ちなのです」
「キャロルの里に、また仕送りするか?」
「マグナさんの好意はとてもありがたいのですが……里はもう自給自足できますし。あまりもらいすぎはよくないのです」
と、キャロル。
「自分が生活する分は自分で働いて稼ぐ。長老からよく言われてました。働かざる者、食うべからずと」
「そっか」
俺たちは微笑みあった。
俺たちは公園にやって来た。
すでに十時を回り、辺りに人気はない。
ベンチにエルザを横たえ、俺はキャロルと並んで座った。
「なんだか、随分と遠い人になってしまった気がするのです」
キャロルがぽつりとつぶやいた。
「ん、俺のことか」
「なのです」
俺をジッと見つめるキャロル。
「SSSランク冒険者なんて……初めて会ったときから、ランクが上がりすぎなのです」
「まあ……そうかもな」
苦笑する俺。
SSSランク冒険者といえば、『英雄』とほとんど同義の存在である。
俺だって【ブラックホール】を身に着けるまでは、遠い雲の上の存在だと思っていた。
いや、スキルを身に着けてからもその感覚は大して変わらない。
自分がSSSランクまで上り詰めるなんて想像していなかった。
「マグナさんが英雄になっても──ときどきは、こうやって穏やかな時間を過ごしたいのです」
キャロルが俺を見つめた。
淡い月光の下で、その笑顔はいつも以上に可憐に見えた。
「あたしは、マグナさんやエルザさんたちと平和に暮らしていきたいのです。これから、先も──」
「ああ、そうだな」
力強くうなずく俺。
地位も名誉も富も、ほどほどでいい。
平和に暮らしていけるのが、一番だ。
翌日。
「勇者ギルドから手紙が来たわよ。また上層部がマグナに会いたいって」
エルザが俺に言った。
その後で軽く眉をひそめ、『うう、頭痛い……』などとうめいている。
完全な二日酔いだ。
「上層部?」
俺は以前、神聖王国セイロードまで行ったときのことを思い返す。
そこにある勇者ギルドの総本部──『大聖堂』で俺は、ギルドのお偉いさんたちと対面した。
まあ、正確には『対面』といっても、石板状の通信端末越しだったんだけど。
「そういえば、話が途中だったっけ……」
中断されたのは、魔軍長ライゼルの侵攻がきっかけだった。
その後、スキルがレベルアップして【虚空の領域】への扉が開かれ、そこに吸いこまれ──。
脱出した早々に、今度はレムフィールでの空間震動現象に対処するクエストがあった。
「ギルドはあなたが行方不明になったと思って、捜索していたみたい」
と、エルザ。
「四天聖剣自らが動いたという話よ」
「四天聖剣……って、最強の勇者のことだっけ?」
噂じゃSSSランク冒険者すら凌ぐ強さらしいけど。
そんな人まで使って、俺を探そうとしていたとは……。
勇者ギルドは、どうしてそこまで俺にこだわるんだ?
『天軍に加われ──』
ふと、神の兵器や使徒の言葉を思い出した。
勇者ギルドが俺にこだわるのも、何かそれに関係あるんだろうか。
謎だ。





