1 超戦士たちの邂逅
前半は勇者アイラ視点、後半は魔族ルネ視点になります。
勇者アイラ・ルセラは目の前の光景を信じられない思いで見つめていた。
最強と謳われた『四天聖剣』の勇者リオネス。
その彼が、帝国の戦士の斬撃に胸を切り裂かれたのだ。
リオネスは盛大に血を吹き出しながら倒れた。
「リオネス様……!?」
呆然とうめくアイラ。
──彼女は双子の弟キーラやリオネスとともに、勇者ベアトリーチェの元を訪れた。
そこへ急襲してきたのが帝国軍だ。
この周辺は帝国の勢力圏内なのである。
何度かあった戦いは、いずれもリオネスが圧倒的な強さで撃退してきたのだが──。
今回だけは、違った。
帝国兵の中にラグディアと名乗る戦士がおり、彼がリオネスに一太刀を浴びせたのだ。
リオネスは倒れたままピクリとも動かない。
おそらく致命傷だろう。
「あれ? 最強の勇者って聞いていたけど、案外弱いんだね」
ラグディアが苦笑交じりに肩をすくめた。
ひょろりとした体格の中年男である。
頬がそげ、やせた顔立ちをしている。
猛者、というオーラはまったくない。
ただ、底の知れない不気味な気配をまとっていた。
「リオネス様が……そんな……!」
隣でキーラも息を飲んでいる。
「……あたしたちで彼を倒すわよ」
声が震えるのを抑えられない。
二対一とはいえ、リオネスを一撃で倒したほどの相手だ。
自分たちでは明らかに荷が重い──。
それでも、勇者としての使命は果たさなければならない。
「ああ、ベアトリーチェさんを守らないとね」
「ふふ、頼もしい護衛さんたちだねぇ」
当のベアトリーチェは他人事じみた感想をもらしていた。
この期に及んで肝が据わっているのか。
双子勇者は家から出て、ラグディアたちの前に立った。
「へえ、まだ勇者がいたんだ?」
「次はあたしたちが相手よ」
アイラが細剣型の奇蹟兵装『アスカロン』を構え、凛と告げる。
隣ではキーラが大剣型の奇蹟兵装『レーヴァテイン』を掲げていた。
「下がっていろ、と言ったはずだ」
声は、ラグディアの背後からだった。
「っ……!?」
慌てたように飛び退くラグディア。
彼が一瞬前までいた地点を、斬撃が薙いだ。
「リオネス様!」
彼女たちの背後に、リオネスが立っていた。
傷一つない姿で。
「この私がそうやすやすと殺されるものか。あれは、奇蹟兵装『ガブリエル』の力で生み出した『水』の幻像だ」
長剣を手に、平然と告げるリオネス。
どうやらラグディアが切り裂いたのは、その幻像だったらしい。
見れば、地面に倒れていたリオネスの姿は、ばしゃん、と音がして、ただの水に戻った。
「へえ、やるねぇ」
ラグディアは口の端を吊り上げて笑う。
「幻像で防いだとはいえ、今のは人間の限界速度を超えた動きだった……何者だ、お前は」
リオネスがラグディアを見据える。
「ただの一般人さ」
笑う中年戦士。
確かに、彼がまとう気配は『戦士』のそれではない。
街中でどこにでもいるような『市民』の気配だった。
それが、リオネスと真っ向から渡り合っているという、不気味な違和感。
「ただし皇帝陛下から『調整』されて、ちょーっとばかり強くなっちゃったけどね。たぶん世界最強レベルに」
「なんだと?」
「剣術なんてまったく縁がない、単なる素人の僕が──天下の四天聖剣様より強くなっていると思うと、なかなか愉快じゃないか?」
「むしろ不愉快だな。お前の話は」
リオネスが剣を構え直した。
「意見が合わないみたいだね。僕は楽しくて仕方な……あ……が……ぁぁ……」
ふいに、ラグディアの表情が歪んだ。
顔中に血管が浮き上がり、
ばき、べき、ごき……っ!
と、全身の骨が異様な音を立て、変形を始める。
「が……あぁぁぁ……ぁぁっ……!」
「何よ、これ……!」
アイラは呆然と立ち尽くした。
ラグディアの四肢がねじくれ、異様な長さに伸び、さらに背中から何かの器官が飛び出し、額に三つの目が浮かび上がる。
人間から『人ならざる者』へと変化していく──。
※
「おいおい、なんだよあれは」
下級魔族──『闇の剣士』のルネは前方の光景に眉をひそめた。
どうやら帝国兵と勇者たちが戦っているようだ。
青い剣を構えた精悍な男が、おそらく四天聖剣リオネスだろう。
一緒にいる双子の姉弟には見覚えがある。
かつて戦い、敗れた相手──アイラとキーラだ。
対峙しているのは、飄々とした雰囲気の中年戦士。
その彼の姿が、突然変化し始める。
ねじくれ、異様に伸びた細い四肢。
全身から浮き出た不気味な血管。
額に輝く三つの瞳。
背中から伸びた、数本の触手。
そして全身から立ち上る、濃密な瘴気。
それは、禍々しいオーラをまとった異形の戦士だった。
「力だ……力があふれる……もっと……もっと戦いたい……壊したい……この力を試したい……!」
ラグディアが笑った。
その笑みには、もはや人間の雰囲気は残っていなかった。
負の怨念と闘争心──まるで魔族のようだ。
いや、魔族そのものなのか。
超魔獣兵とは魔族とモンスターを融合させた兵器。
そしてラグディアは、それと人間との融合体だという。
ならば、今の彼は自身の中の『魔族』の部分が強く表に出ているのかもしれない。
「おおおるるるるああああぎいいいいいいいおおおおうううううはぐうういいおおううぅ」
異様な雄叫びを上げて、ラグディアが動き出した。
敵意を宿した瞳はリオネスたち勇者と、そしてルネたちに、等しく向けられている──。
「敵も味方もおかまいなしって雰囲気だな」
ルネはにやりと笑った。
大剣を構える。
ミジャスのおかげで全快し、体が軽い。
全身から力が吹き上がるようだ。
連戦での経験値によるものなのか。
以前よりも──はるかに強くなったことが分かる。
「暴走したようですね。これは早々に回収しなければ……」
眉をひそめるミジャス。
「じゃあ、俺が抑えてやるよ。いいな?」
「……なるべく殺さないようにしてくださいね」
ミジャスがため息をついた。
「彼は貴重なサンプルですから」
「努力は──するさ!」
吠えて飛び出すルネ。
「魔物め、この勇者リオネスが成敗する!」
ほぼ同時に、リオネスも飛び出した。
標的は同じくラグディアだろう。
最強を目指す魔族。
頂点に位置する勇者。
魔王の秘法で生み出された改造兵士。
彼ら超戦士たちは、ここに邂逅した──。
次話はマグナ視点に戻ります。





