14 翠の使徒
「さあ、天軍に加われ。人間の戦士よ」
土の王がふたたび勧誘の台詞を吐いた。
さて、どう応えるべきか──。
体が、無意識に震える。
「マグナくん、迷うことなんてないわ」
シャーリーが凛とした口調で言った。
「あいつは隕石を躊躇なく王都へ落とそうとした。そんな連中に従う道理はない──たとえ、相手が神の眷属を名乗ろうとも!」
堂々たる態度。
これぞ騎士って感じだ。
「……神に逆らう気か」
「じゃあ、従ったらどうするんだ?」
俺は土の王に問いかけた。
まっすぐに巨大な土竜を見上げる。
シャーリーの言葉が、態度が──俺を後押ししてくれた気がした。
勇気を、くれた気がした。
「天の尖兵として魔族と戦ってもらう」
と、土の王。
「現在の魔王エストラームは恐るべき魔導の達人だ。天軍といえども、容易には手を出せん。それに──天界や地上界からは魔界に入れぬのだ。魔界から地上界へは侵入可能なのだが……太古の戦いの際の大規模空間変異の影響で、な」
そんな仕組みになってるのか。
自分たちからは攻め入れるけど、敵が自分たちに攻め入ってくることはない──そんなの、魔族のほうが絶対有利じゃないか。
「だからこそ、我らは力を欲している。人間よ、そのスキル──【虚空の封環】は空間に作用し、変異させるほどの力を秘めている。あるいは、不可能になった魔界への侵攻を可能にするかもしれん」
「──だとしても、人間の心証を悪くしすぎるのはどうかな」
声とともに、俺のすぐそばで光が弾けた。
「えっ……!?」
現れたのは、きゃしゃな体つきの少年。
年齢は十二、三歳くらいか。
中性的な顔立ちの美しい少年だ。
頭上には光輪が浮かび、その背から白い翼が生えていた。
「『翠の使徒』様……!?」
土の王がうめく。
「マグナくんの力量は把握できた。だけどやり方が荒っぽすぎるね……やはり、君たちは」
ぱちん、と指を鳴らす少年。
「故障しているようだ」
翡翠色の輝きが、周囲を満たした。
「あ……が……!?」
その光に絡め取られ、土の王は短い苦鳴とともに消滅する。
絶大な力を持つ神の兵器が──あっけなく破壊されたのだ。
「悪かったね。彼らは神の兵器……だけど、故障して暴走したみたいだ。君たちに迷惑をかけた」
「あんたは──」
「神の使いたる『使徒』の一人──まあ、天使だと思ってもらえばいいよ」
少年天使ベルデが微笑んだ。
「で、話の続きなんだけど」
と、俺を見つめるベルデ。
距離は数メートルくらいだろうか。
【ブラックホール】が反応しないってことは、こいつは俺に敵意を持っていない──敵じゃない、ってことでいいんだろうか?
「彼ら神の兵器は暴走こそしたけれど、神から与えられた使命自体は正常に動作していた。君への勧誘は天の意志だよ」
「勧誘って……『天軍に来い』ってやつか?」
「その通り」
笑顔のままベルデがうなずく。
「といっても、突然の話だ。すぐに結論を出せとは言わないよ。そうだね……三か月の猶予期間でどうだろう?」
「三か月……?」
「それだけあれば十分だろう。君にも他にやることがあるだろうし」
と、ベルデ。
「他にやること?」
「神と魔の戦いに加わる前に、まずこの世界を平和にしないとね」
「なんの話だ……?」
奴の話の意味が分からない。
「ヴェルフ帝国」
告げる翠の少年。
にいっと、その笑みがさらに深くなった。
三日月を思わせる、不気味な笑み。
「その最終侵攻が間もなく始まる。この時代、この地上界における最大最後の決戦が、ね」
澄んだ緑色の瞳が俺を見つめる。
深い──ゾッとするほど深い色の瞳。
神の使いという割に、その瞳から聖性を感じられなかった。
どこまでも冷然としていて。
どこまでも冷徹な雰囲気をたたえていて──。
「君はその戦いの中心になるだろう。世界に平和をもたらし、その後に我ら天軍に力を貸してくれたまえよ」
言うなり、ベルデはふたたび空間に溶け消えるようにして姿を消した。
現れたのも突然なら、姿を消すのも突然。
後には──。
あっけにとられた俺とシャーリーだけが残されたのだった。
「神の使徒……ですか!?」
地上に降りると、アンが驚いたような顔をした。
「知ってるのか、アン」
「神に次ぐ力を持つ存在です。要するに天使ですね」
アンの声は震えている。
「歴史上、使徒が人類の前に現れたことは数えるほどしかありません。使徒に会えたというだけで、伝説に残る出来事です……」
そんなにすごい奴だったのか。
「……で、そんな伝説級の存在が、俺をスカウトに来たわけか」
話のスケールの大きさに、頭がついていかない。
ベルデが与えた猶予は三か月。
近々、ヴェルフ帝国が大きな戦いを起こすというが……。
不気味で、不安な予感が──胸の中から消えなかった。





