5 VS氷の王
SSSランク冒険者、『烈風帝』クルーガーは九つの頭を持つ巨大モンスターと向き合っていた。
金属質の青い光沢を備えた怪物は、九頭蛇を思わせる。
生物というより魔導兵器の類だろう。
ただし、人間が作ったものではなく──神が作った兵器だが。
「氷の王、か。なかなかハードそうな相手じゃねえか」
ごくりと喉を鳴らす。
周囲に視線を走らせた。
少し離れた場所では、天馬騎士団が逃げ遅れた市民の避難誘導をしている。
避難が終わるまで、敵の注意をこちらに引きつけておく必要があるだろう。
こちらの戦力は魔法使いである自分と、卓越した近接格闘能力を備えた『闘鬼拳』レイア、そして強化や弱体系の呪文に長けた『蒼の聖女』アン。
いずれも超一級の実力者だ。
奇襲ではなく、まずは正面から力勝負を挑む──。
クルーガーの頭の中で、すぐに方針がまとまった。
「奴はその名の通り、氷を武器にしているらしい」
レイアとアンに呼びかける。
「アン、防御は任せていいか? 中距離から俺が、近距離からレイアが、それぞれ攻撃を仕掛ける」
「うう……む、無理です、神の力に抗うなんて……」
いまだにおびえた様子のアン。
「おい、しっかりしろ! 俺たちはSSSランク冒険者なんだぞ!」
クルーガーが叫んだ。
彼女を鼓舞するためだけではなく、自分自身を高ぶらせるために。
「そいつはすべての冒険者にとって『最強』の象徴だ。どんな相手だろうと、退いちゃならねぇ! 負けちゃならねぇ! 勝って──勝ち続けて、大勢の人たちの希望にならなきゃいけないんだよ! それが『最強』の称号を背負った人間の義務だろうが!」
「ふふっ、いいこというじゃん、クルーガー」
レイアが楽しげに微笑んだ。
「じゃあ、ボクの強さを見せてこようかな? アン、君は強い。たとえ動揺しても自力で心を立て直せるはず。だから──これ以上、何も言わないよ」
武闘家娘は僧侶少女を見つめ、凛と告げた。
「一緒に奴を倒そう。みんなを守るため。そして、ボクらの強さを証明するために」
言うなり、レイアは地を蹴り、駆け出した。
「ボク、信じてるからね! アンだってSSSランクなんだ。相手が誰だろうと、ひるんだりしない! みんなを守るために戦ってくれるって!」
その動きに迷いはない。
アンが援護してくれる、と信頼しているのだろう。
「俺が奴に隙を作る。レイアはそこを攻撃する。アンは俺たち二人の支援だ」
クルーガーが懐からペンダントを取り出した。
魔法使いは魔力の集中や加速のために杖を使うのが一般的だが、彼が愛用しているのはこの護符だ。
『ルギスの護符』。
とある古代遺跡で見つけた伝説級宝具である。
神話の時代、最強を誇った魔族の魔術師の名を冠した護符だった。
「おおおおおおおおおおっ!」
その護符に念を込め、己の魔力を増幅する。
全身が熱くなり、魔力が炎のように燃え上がるのを実感する。
(だが──足りねぇ)
クルーガーは内心でつぶやいた。
並のモンスターなら瞬殺できるレベルの魔力だが、氷の王はおそらく次元が違う。
クルーガーがどれだけ魔力を高めても、それだけで倒せるほど甘い相手ではないだろう。
「だから──」
「わたしだって……SSSランク、ですものね」
アンが静かにつぶやいた。
「うろたえてすみませんでした。援護します」
ようやく動揺から立ち直ってくれたようだ。
「へっ、それでこそだ」
「『ルーンギア』!」
アンの錫杖から青い輝きがあふれ、クルーガーを包みこむ。
魔力増幅の呪文だ。
「お、いいねぇ……みなぎってきたぜ!」
クルーガーが快哉の叫びを上げた。
「『トルネードボム』!」
竜巻の爆弾を十数発まとめて放つ。
護符と強化呪文で二重の増幅をかけた攻撃呪文は、
おおおおおおおおおおんっ!
すさまじい風圧と爆圧を炸裂させた。
「む……ぅっ……!?」
さすがの氷の王も、一瞬動きが止まった。
「今だ、レイア! アン!」
「『パワーギア』! 『スピードギア』!」
クルーガーの合図を受け、タイミングを完璧に合わせて、アンがレイアに身体強化の呪文をかける。
「ありがと、アン! あとは任せて──砕け散れ、デカブツっ!」
威勢よく叫んだレイアが三十メートル以上も跳び上がった。
気功武闘法──呼吸のコントロールによって、運動能力を倍加させる戦闘術。
SSSランクのヴルムと同じ技である。
レイアは彼と同等か、それ以上のレベルで自身のパワーとスピードを上げていた。
さらにアンの強化呪文の効果も上乗せし、空中で二段ジャンプ。
「はぁぁぁぁぁっ!」
気合とともに叩きつけた拳が、氷の王の頭を一つ砕いた。
「どうだっ!」
着地し、ガッツポーズを取るレイア。
「──まだだ!」
クルーガーがハッと叫んだ。
「っ……!」
同時に、レイアが跳び下がる。
一瞬遅れて、彼女が今までいた場所を氷の王の頭部が叩き潰した。
たった今、彼女に砕かれた頭部が。
「再生能力──」
クルーガーたちは同時に戦慄の声をもらす。
何度頭を潰されても復活するヒドラさながらに──。
この氷の王は自己再生能力を持っているようだ。
「ハードな相手だな、まったく……」
クルーガーはこわばった笑みを浮かべた。
※
「ここは──」
【ブラックホール】の中に吸いこまれた俺は、灰色の世界にいた。
以前にも一度来たことがある。
【虚空の領域】──【ブラックホール】の内部世界(?)である。
ただ、前とは少し風景が違う。
遠くには火山が連なり、全体的に温度が暑い。
じっとしていると汗ばむくらいだ。
さらに空には、
『ようこそ、虚空の領域・第二層へ!』
『名物の温泉もあるよ! ゆっくりしていってね!』
などとメッセージが浮かんでいる。
……温泉街みたいな場所なんだろうか。
と、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? マグナくん、どいてーっ!」
悲鳴混じりの声が上空から降ってきた。
「えっ?」
振り仰げば、シャーリーが落ちてくるところだった。
「むぐっ!?」
俺はそのまま彼女を受け止め、もつれあって倒れる。
「いてててて……大丈夫か、シャーリー」
「あたしは平気……マグナくんこそ」
言ったところで、お互いの目が合った。
シャーリーが俺を押し倒したような格好だ。
すぐ目の前に凛々しい女騎士の美貌があった。
甘い息が、俺の顔に吹きかかる。
ち、ちょっと、これは照れくさいというか、恥ずかしいというか……。
「ご、ごごごごめんなさいっ」
シャーリーが頬を赤らめた。
「いや、俺こそ……」
俺の方も頬が熱い。
たぶん彼女と同じく、顔が赤くなっているだろう──。





