1 魔王と魔軍長
「闇の剣士のルネ──なかなか見どころのある魔族だ」
そう告げた魔王に、魔軍長の一人──邪神官ハジャスは柳眉を寄せた。
長い黒髪に翡翠色の瞳、褐色の肌をした美女だ。
年齢不詳の容姿は、人間風に言うならさしずめ『美魔女』といったところか。
神官服の裾を切り詰め、胸元も大胆に開き、扇情的に改造したような衣装を着ている。
「おそれながら、魔王様。下級魔族のダークブレイダーに興味をひかれたのですか?」
ダークブレイダーといえば、剣を操る下級魔族。
彼女から見れば、使い捨ての兵だった。
「うむ。とにかく成長速度が異常だ。ダークブレイダーの限界レベルをすでに超えている」
告げるエストラーム。
黄金のローブをまとった魔術師のような姿の魔王である。
「でも~、いくら強くなっても、下級はしょせん下級じゃないんですか~?」
どこか間延びした声でたずねたのは、あどけない少年のような魔族。
中性的な美貌は、人間でいえば年齢十歳前後くらいに見える。
背中から伸びる真紅の翼は、どこか天使を連想させた。
だが、彼がそんな優美な外見とはかけ離れた実力の持ち主であることを、ハジャスはよく知っている。
『鳳炎帝』ポルカ。
魔軍長最強と呼ばれる少年魔族だ。
「ルネは下級魔族ながら、中級……あるいは上級に近いレベルまで強くなっている」
エストラームが静かに告げた。
「驚くべき成長速度だ」
「へえ、それはすごいですね~」
ポルカが、ひゅう、と口笛を吹いた。
おどけたような態度は、他の者ならば不敬罪で首を刎ねられかねない。
だが、ポルカだけは許される。
それだけの、卓越した実力を持っているからだ。
「先の戦いで人間界と魔界の間に作った通路も閉じてしまった。彼は今ごろ、魔界に帰れずに人間界をさ迷っていることだろう」
魔王も、そんな鳳炎帝の態度を咎めることはせず、
「諸君らには、ルネをここまで連れ帰ってもらいたい」
「魔王様がわざわざ下級魔族を気に掛けるとは」
「お優しいことです」
「あるいは、お戯れでしょうか」
「なんにせよ、王のご命令とあらば喜んで」
魔神眼、錬金機将、極魔導、雷覇騎士──四人の魔軍長が恭しく告げる。
「ならば、私の手の者を使いましょう」
ハジャスが進み出た。
「頼めるか、邪神官」
「はっ。私の術をもってすれば、たやすきこと」
一礼するハジャス。
「では任せる。彼はまだまだ強くなるだろう。人間界で野垂れ死にさせるのは、いささか惜しい」
「随分と買っているようですね。その者を──」
ハジャスがたずねる。
「先の戦いで魔軍長ライゼルを失った」
エストラームは小さくため息をついた。
「私は強者を求めている。我が魔軍を立て直すために、な」
「まさか、その者を魔軍長に取り立てるおつもりで?」
ハジャスはふたたび柳眉を寄せた。
「ダークブレイダーごときを?」
「魔界では強さがすべてだ」
静かに告げる魔王。
「無論、今はまだ魔軍長の強さには遠く及ばぬ。だが、いつかは──そう感じさせる可能性が、ルネにはある」
冗談じゃないわ、とハジャスは内心でつぶやいた。
下級魔族ごときが魔軍長の座に上がってくるかもしれない、などと。
考えただけで不快である。
(絶対に阻止しなければ)
「承服できないか、邪神官?」
「……いえ、すべては魔王様の御心のままに」
ハジャスは内心を見透かされた気がしてドキリとしつつも、平静を装った。
(捜索にかこつけて、なんとか暗殺できないものか)
頭の片隅で、そんなことを考えながら──。
※
「来たぞ!」
クルーガーの言葉に、俺たちはいっせいに上空を見上げた。
すでに俺や五人のSSSランク冒険者、そしてシャーリーがギルド支部の外で待機していた。
空には、前回と同じく赤い渦巻のようなものが浮かび上がっている。
空間震動現象、第二波。
その中心地を示すものだ。
前回の経験も踏まえ、付近の避難はスムーズに完了していた。
建物が壊れ、瓦礫が降り注いでも、人的被害はほぼないはずだった。
あとは──、
「何が出てくるか、だな」
俺はごくりと息を飲んだ。
ギルドやクルーガーの予測によれば、今回の空間震動現象では未知の魔物が現れる可能性があるという。
それを迎撃するのが、俺たちの仕事だ──。





