8 四天聖剣リオネス
「空間震動現象──か。厄介なことが起きてるみたいだねぇ」
勇者アイラ・ルセラの目の前にいる勇者──ベアトリーチェ・ディレイドは、言葉とは裏腹に楽しげな顔だった。
まるで占い師のように顔の下半分をベールで覆い隠している。
ウェーブのかかった艶やかな黒髪に、切れ長の瞳。
神秘的な雰囲気の美女だった。
アイラは双子の弟であるキーラや最強の勇者である四天聖剣リオネスとともに、彼女を訪ねてやって来た。
目的は、先日の魔族軍との戦い後、異空間に消えたと思われる冒険者マグナ・クラウドの捜索。
世界で唯一の『空間操作能力』を備えた奇蹟兵装を操る第三階位勇者ベアトリーチェならば、その行方をつかめるかもしれない、ということで上層部から命じられたのだ。
多数の魔獣が生息し、最近ではヴェルフ帝国の勢力圏内でもあるこの辺境地域に、彼女は一人で住んでいる。
そして、勇者ギルドからの招集にも応じず、自由気ままに生きている。
ゆえに、彼女に依頼をするときは、こちらから出向くしかない。
ここに来るまでに魔獣や帝国兵と何度も交戦した。
もっとも、それらはすべてリオネスが一蹴し、大きな苦労もなくここまでたどり着いたわけだが──。
ぎおおおおおおおおおおんっ!
遠くから、獣の咆哮が聞こえてきた。
同時に、大勢の兵らしき声が。
それらの声はどんどんと近づいてくる。
「ヴェルフ帝国の連中と対抗勢力の戦闘か。私が出よう」
リオネスが席を立った。
東部大陸風の道着を身に着けた、秀麗な顔立ちの青年である。
「あたしたちもサポートを──」
「不要だ」
アイラがそれに続こうとしたところで、リオネスは手を上げた。
「お前たちはいざというときのために、ベアトリーチェを護衛しておけ。超魔獣兵ごとき、私一人で事足りる」
言って、さっさと部屋を出てしまうリオネス。
アイラは窓のカーテンを開けて外を見た。
「あれは──」
息を飲んだ。
「偉大なる皇帝陛下が生み出せし超魔獣兵第十一号『豪覇大鬼』──敵を蹴散らせ!」
帝国の司令官らしき男が朗々と叫んだ。
ぎおおおおおおんっ!
咆哮を上げ、オーガによく似た怪物が三体、進み出る。
「なんて、大きさなの」
アイラがうめく。
何しろ、三体とも全長五十メートルを超えているのだ。
ずしん、ずしん、と歩くたびに地震のように大地が揺れる。
「リオネス様、やはりあたしたちも──」
「敵が大きすぎます! とても奇蹟兵装が通用するサイズじゃ──」
アイラがキーラとともに部屋を出ようとする。
「私の言葉が理解できなかったか、二人とも。ベアトリーチェの側を離れるな」
リオネスは平然とした態度を崩さない。
手にした槍──『奇蹟兵装ガブリエル』が青い輝きを発した。
「ガブリエル、千神変形──『長剣』」
静かに告げる。
次の瞬間、槍は剣へと形を変えていた。
あらゆる武器に姿を変える『特殊型』。
それが『ガブリエル』の特性だ。
「では、デカブツを駆逐するとしよう」
リオネスは淡々と告げ、進み出た。
「つ、強すぎる……!」
部屋の窓から戦況を見守っていたアイラは、ごくりと息を飲んだ。
相手のサイズが規格外だろうと関係ないと言わんばかりに、リオネスは超魔獣兵たちを切り刻んだ。
動けなくなるまで、数千数万数十万の斬撃を繰り出して。
けた違いの攻撃力に加え、圧倒的な手数。
攻撃一辺倒の戦闘スタイルが、リオネスの真骨頂のようだった。
超魔獣兵といえば、英雄クラスのSSSランク冒険者ですら数人がかりでようやく立ち向かえる相手だ。
それをまとめて三体、苦もなく倒すとは。
さすがは最強の四天聖剣の一人。
さすがは最強の奇蹟兵装の一つ、『ガブリエル』──。
「大した敵じゃない。しょせんはただのデカブツだ」
こともなげに告げ、奇蹟兵装をしまうリオネス。
秀麗な顔は涼しげだった。
息一つ乱していない。
返り血の一滴すら浴びていない。
「──とはいえ、ここから出られないのは困ったことだ」
と、わずかに眉を寄せた。
「外部と連絡が取れん。マグナ・クラウドの捜索のために追加情報が欲しいところだが──」
もちろん、彼一人なら帝国が相手だろうとたやすく活路を切り開ける。
が、ベアトリーチェはここを動こうとしない。
リオネスが場を離れた隙をついて帝国が襲ってきた場合、アイラとキーラだけでは防ぎきれないだろう。
かといって、逆にアイラとキーラが情報を求めて外に向かったとしても、無事にたどり着ける保証はない。
超魔獣兵ですら苦もなく狩れるリオネスが特別なのであって、やはり帝国は恐るべき相手なのだ。
第二階位勇者のアイラやキーラをもってしても──。
「話の続きだ、ベアトリーチェ」
リオネスが部屋に戻ってきた。
「マグナ・クラウドの行方には、その空間震動現象が関係しているのか?」
「うーん、どうだろうねぇ。ただ、マグナとかいう冒険者よりも、あたしにはこの現象の方がずっと興味深いよ。何せこれは──神の力の顕現だからねぇ」
「神の……力?」
アイラは驚いてベアトリーチェを見つめる。
「単なる天変地異程度にはとどまらないよ。空間震動の果てに、おそらく『アレ』が現れるはずさ……ふふ」
彼女は薄く笑ったまま、黙して答えない──。
※
【ブラックホール】によって巨大な尖塔は跡形もなく吸いこまれた。
真下にいた人々の被害はゼロだ。
「ふう、間一髪だな」
今のは、本当にギリギリだった。
俺一人の力では救えなかった。
とっさに、俺に身体強化呪文をかけてくれたアンのおかげだ。
あとで礼を言っておこう。
周囲を見回すと、建物の倒壊は一段落したみたいだ。
上空の赤い渦巻もいつの間にか消えている。
とりあえず、落ち着いたか……な?
と、
「な、な、な……!?」
クルーガーがやって来て、あ然とした顔で俺を見た。
「あ、あんた、なんだその魔法は──いや、異能系のスキルか?」
「これが俺のスキル【虚空の封環】。能力は『吸いこむ』こと」
俺は端的に説明した。
周囲を見渡し、他に危険な箇所はないか確認する。
「信じられん威力と効果だ……!」
クルーガーはまだ呆然としている様子だ。
「けど、あんたはあくまでもSランクだ。認めたわけじゃないからな」
ぷいっとそっぽを向くクルーガー。
「まあ、さっきのはすごかった……少なくとも俺の魔法よりも。だから、さっさとSSSランクまで上がってこい。その……待ってるからよ」
照れくさそうに赤らんだ頬を、指でぽりぽりかいている。
いや、それって俺のことを認めてくれたんじゃないのか?
……ツンデレさんか、こいつ。
※次回は明日の昼ごろに更新予定です。
「面白かった」と思っていただけましたら、感想やブックマーク、最新話の下部にある評価を押していただけると励みになります(*´∀`*)





