5 闇の剣士と炎竜殺し
前半ルネ視点、後半はマグナ視点に戻ります。
「おおおおおおおっ!」
ルネは雄叫びとともに大剣を突き出した。
ぎぎぎぃっ……と大気を軋ませながら、稲妻のごとき刺突が老剣士を襲う──。
「ひゅぅぅぅぅぅっ……!」
ヴルムが細長い息を吐き出した。
同時に、双剣が今まで以上のスピードでひるがえる。
(こいつ!? まだ上の速さがあるのか──)
ルネは驚愕した。
まるで今の呼吸を境に、さらに身体能力が加速したかのように──。
二本の剣でルネの大剣を挟みこむようにして、勢いを逸らす。
カウンター気味に放たれたヴルムの蹴りが、ルネのみぞおちを捕らえた。
「がはっ……」
すさまじい勢いで吹き飛ばされ、地面にたたきつけられるルネ。
衝撃で取り落としてしまった大剣が、回転しながら地面に突き立った。
「はあ、はあ、はあ……」
大の字になったまま荒い息をつく。
全身がしびれて立ち上がれない。
「今のでも……駄目かよ」
うめきながら上体だけを起こし、ヴルムをにらんだ。
まさしく全身全霊の剣だった。
今のルネにとって、これ以上はない最強の一撃だった。
それすらも、軽くいなされてしまった。
「いや、いい一撃じゃった。久しぶりにヒヤリとしたぞ」
ヴルムの表情から笑みが消えていた。
「かつて『閃王竜』と戦ったとき以来か、の」
頬にひと筋、汗が伝っている。
「あるいは第二階位竜を屠るほどの威力があったのかもしれん。ただ──狙いが素直すぎた。まだまだ太刀筋が若いのう」
「……ちっ」
ルネは舌打ち混じりに観念した。
もはや体が動かない。
負けだ。
このまま殺されるのか──。
「や、やめてよ、おじいちゃん!」
ラスが駆け寄ってきた。
「おにいちゃんは、ぼくをかばって、ゆうしゃさまとたたかったんだよ」
しん、と静寂が辺りを支配する。
老剣士が孫の少年を、そしてルネを順番に見据えた。
あいかわらず、すさまじい闘気を吹き出しているヴルムは、
「ふむ」
静かにその闘気を鎮め、二本の剣を腰の鞘に納めた。
「……いいのかよ。俺は魔族だぞ」
ルネがうめいた。
何かの罠とも限らない。
引き続き警戒態勢である。
もっとも、警戒したところで老剣士が本気で殺しにかかれば、もはや彼に抵抗する力などないが……。
「その前に孫の恩人じゃわい。いや、恩魔族というべきか」
ヴルムの顔に笑みが戻った。
「ワシは『魔族はすべて殲滅すべし』という勇者ではないからの。まあ、クエストで討伐依頼でも出れば、次は敵味方かもしれんが……今は孫を助けてくれた礼として、討伐はやめておこう」
「助けたわけじゃねーよ。ただ、戦闘力もないガキを殴る連中が気に食わなかっただけだ」
ルネがうそぶく。
「戦士なら──同じ戦士を相手に戦えってんだ。人間だろうが、魔族だろうが、それが最低限の矜持だろうが」
「……ふむ」
「おまけに正義の味方面しやがってよ。あー、思い出すとまた腹立ってきた」
「面白い魔族じゃのう、君は」
「うるせージジイ」
「これで動けるじゃろう」
「……ああ、なんとかな」
ヴルムはルネに止血や包帯を巻いたりといった応急処置をしてくれた。
勇者たちから受けた傷も、手早く処置してくれている。
「ところで、君の太刀筋はザイラスに似ておるのう」
ヴルムが興味深げにルネを見た。
「ザイラス……?」
「剣聖ザイラス──といっても、魔族の君にはなじみがない名か。ワシが若かりしころ、ともに冒険した仲間じゃよ。そして無二の友でもあった……彼が創始した『ザイラス流剣術』という流派があるのじゃが、君の剣はそれによく似ておる」
「なんだそりゃ?」
ルネは眉を寄せた。
「俺が使っているのは『封神斬術』。魔王ヴリゼーラが創始した、魔王の剣だ」
「……なるほど、ザイラスの師匠か。そういえば『正体は魔王だった』と笑っておったのう、あやつは」
ヴルムが得心したように笑う。
「道理でよく似ておるわけじゃわい。懐かしい」
言って、老剣士は嬉しそうに目を細めた。
あるいは、ルネにそのザイラスの姿を重ねているのだろうか。
魔族である彼に、人間の感情の機微などは分からないが。
──その後、ヴルムは村に立ち寄り、ふたたび旅立っていった。
ルネもまた傷を癒し、村を後にした。
まずは魔界へ帰る手段を探さなければならない。
その道中、また新たな猛者と出会うことがあれば、戦いを仕掛けるのもいいだろう。
勝利も、敗北も、すべての戦いがルネの糧だ。
そしていずれは──最強の座へとたどり着いてみせる。
ルネの、遠く険しい道のりはまだまだ続く──。
※
「レムフィール王都か。懐かしい……ってほどでもないか」
俺とエルザ、ブリジットを乗せた馬車はレムフィール王国の王都に到着した。
先に到着しているはずのキャロルやシャーリーとは、ここの冒険者ギルド支部で合流する予定だった。
さっそく俺たちは支部に向かう。
王都の中心部にある、城と見まがうような豪華な建物。
本部ほどじゃないが、大陸有数の規模を誇るギルド支部である。
その入り口に、小柄なシルエットがたたずんでいた。
あれは──。
「ヴルムさん……?」
「おお、君も来たのか、マグナくん。それにブリジット嬢も。久しいのう」
歩み寄ってきたのは、長い白髪と白いヒゲに軽装鎧姿の老剣士。
以前に超魔獣兵迎撃戦で一緒に戦ったSSSランク冒険者、『炎竜殺し』ヴルムさんとの再会だった──。





