4 クエストに向けて
前半はマグナ視点、後半ルネ視点です。
翌朝、俺たちはレムフィールに向けて出発することになった。
アルトタウンに戻ったときと同様、俺とキャロル、エルザは馬車、シャーリーとブリジットは天馬で移動である。
その出発場所で、
「いいなぁ、天馬に乗れて……うらやましいのです」
キャロルがぽつりとつぶやいた。
「空を飛ぶのは気持ちいいものね」
「あれ? もしかしてエルザさんも天馬に乗ったことがあるのです?」
「私は実家にいたころに何度か遊覧飛行をしたことがあるの」
と、エルザ。
天馬で遊覧飛行するのってかなり高額なはずだけど、そういえば彼女は公爵令嬢だったっけ。
「マグナさんも以前に乗ってましたよね? あたしだけ……うう」
キャロルが涙目で俺を見た。
うっ、なんかすまん。
「じゃあ、今回はあなたが乗せてもらったらどうだ? 私はマグナやエルザとともに馬車で移動しよう」
ブリジットが提案した。
「え、いいのですか?」
「あたしは構わないわよ」
と、シャーリー。
「やったー!」
キャロルは大喜びだった。
狐耳としっぽが、ぴょこぴょこぴょこっ、とせわしなく動いている。
「みなさん、ありがとうございます、なのです」
「よかったな、キャロル」
「はいなのです!」
俺の言葉に、嬉しそうにうなずくキャロル。
「では、お先に行ってくるのです。シャーリーさん、よろしくお願いしますね」
「ええ。振り落とされないようにしっかりつかまって」
「はいなのです」
天馬に乗って、キャロルとシャーリーは空を翔けていった。
「じゃあ、道中よろしく頼む」
俺とエルザはブリジットと馬車に同乗し、レムフィールに向かう。
「今さらだけど、SSSランク冒険者たちに俺が混じってもいいのかな?」
客室内でブリジットにたずねる俺。
「あなたのランクはSだが、すでにレムフィールでの戦いは冒険者業界で広く知れ渡っている。昨日、支部長を通じて本部にも確認を取ってみたが、問題ないということだった」
答えるブリジットはあいかわらず表情一つ変えず、クールだ。
「公式にはあくまでもクエストの参加人員はSSSランク限定で、あなたは予備戦力ということになるが──実質的には主力の一人という位置づけさ」
「主力……か」
ちょっと前までは最底辺冒険者だった俺が、SSSランク限定のクエストで主力扱いとは。
「セイロードでも魔軍長を倒したんだし、おかしなことじゃないわよ」
エルザが言った。
「魔軍長──魔王の腹心クラスか。しかも不死王ライゼルといえば、鳳炎帝や邪神官に次ぐ強さだと聞く。それを撃破したとは、大した戦績だよ」
ブリジットはクールな表情はそのままだが、俺を見る視線には熱いものが宿っている。
「あなたのような冒険者とふたたび共闘できて光栄だよ、マグナ・クラウド」
……さっきから褒められっぱなしで、なんだか背中がむずがゆくなってきた。
※
(とんでもねぇプレッシャーだぜ、このジジイ……!)
魔族ルネは、SSSランク冒険者ヴルムと対峙していた。
小柄で飄々とした好々爺──そんな雰囲気からは信じられないほど強烈な威圧感が、まるで烈風のように吹きつけてくる。
並の魔族なら、それだけで失神しかねないほどに。
(構えにもまるで隙がないな。どう攻めるか……)
ルネは大剣を構え、思案する。
ただでさえ勇者たちとの戦闘で消耗していることに加え、体調も万全とはほど遠い。
だからといって、ここで見逃してもらえるほど甘い相手ではあるまい。
(守勢に回れば勝ち目はない──仕掛けるしかねぇ!)
ルネは大剣を手にじりじりと間合いを詰めた。
一息に駆け寄ることはしない。
慎重に、一歩ずつ距離を詰めた。
二刀流の──それも、おそらくは達人クラスとの実戦経験はない。
性急に仕掛けるのは、ためらわれた。
「血気盛んかと思えば、意外と用心深いのう」
ヴルムが笑う。
「なら、こちらからいくとしようか、の」
どんっ!
大地が、震えた。
それがヴルムが地面を踏みしめた音だと気づいた刹那、
「速い──!?」
すでに、老剣士は爆発的なスピードでルネの間合いに侵入している。
繰り出された右の初撃を、跳ね上げた大剣でかろうじてさばく。
続けざまに放たれた左の二撃目を、刃を返した大剣でなんとか弾く。
「ぐっ……!」
たったの二撃で、ルネの両腕がしびれた。
(ジジイのくせに、なんて速くて重い斬撃だ……っ!)
たまらずバックステップして距離を取るルネ。
「いかんのう。簡単に下がっては」
すかさずヴルムの追撃が来た。
守勢に回ってはいけない、と分かっていたにもかかわらず、守勢にならざるを得ない。
左右の剣が超高速で迫った。
打ち下ろし、薙ぎ払い、突き、また打ち下ろし──。
流れるような斬撃の一つ一つを、ルネは防ぐだけで精いっぱいだ。
「並の使い手なら、とっくに真っ二つになっておるが……なかなかやるのう」
ヴルムの方はまだまだ余力を残している様子だった。
強い──。
全身が畏怖で震える。
同時に、激情が湧き上がる。
「真剣勝負の最中に随分と余裕を見せてくれるじゃねーか、ジジイ!」
あふれる闘志のまま、ルネは前に出た。
先ほど勇者たちを相手に突撃したときと同じく、最高速での捨て身の突進だ。
生半可なことで勝てる相手ではない。
殺るか、殺られるか。
ヴルムを倒せる可能性があるとしたら、それは死をも覚悟した全身全霊の一撃のみ。
「ぐっ……ううっ……!」
双剣に肩と脇腹を切り裂かれ、激しい痛みが走る。
「ほう、まだ歩みを止めんか」
「お前がいくら強かろうが、俺は退かない! たどり着きたい場所が──手に入れたい『強さ』があるからな!」
構わずさらに踏みこんだ。
まさしく肉を切らせて骨を断つ。
「お前を乗り越えて、俺は──さらに強くなる!」
吠えて繰り出した大剣が、大気を軋ませながらヴルムへと迫る──。
次回は前半がルネ視点、後半はマグナ視点の話に戻ります。





