9 折れない闘志
「魔族がいつもいつも勇者に狩られるばかりだと思うなよ!」
斧使いの勇者を倒したルネは、血まみれの大剣を構え、叫んだ。
「ホーランド!」
「おのれ、下級魔族ごときが!」
「仲間の仇だ、正義の剣を受けよ!」
残る六人の勇者たちが色めきだった。
「てめーらのどこに『正義』がある? 笑わせんな」
言いつつ、ルネは冷静に状況を把握する。
剣を持った勇者二人が前衛。
弓を持った勇者二人がその後ろ。
さらに後ろには杖を持った勇者が二人。
(──確か勇者ってのは、武具の特性からいくつかのクラスが存在するんだったな)
白兵戦に長けた『戦士型』。
射撃を得意とする『弓兵型』。
長射程を誇る『砲戦型』。
さらに、防御に優れた『防盾型』や特殊効果を持つ『特殊型』など。
彼らはおそらく、各々の特性を発揮しやすいように今の陣形を組んでいるのだろう。
対して、こちらは一人。
どう対応するか。
そして、どう崩すか──。
「ラス、お前は逃げろ」
ルネはかたわらの少年に呼びかけた。
「えっ、でも、おにいちゃんは──」
「早くしろ! 巻き添えを食いたいのか」
「……う、うん」
ラスがよろよろと立ち去る。
途中、こちらをちらりと見て、
「しなないで、おにいちゃん……」
「──当たり前だ。この俺が勇者ごときに殺されてたまるか」
ルネは、ふうっ、と息を吐き出した。
「魔法能力を持たず、剣による攻撃を主体とする近接攻撃タイプの下級魔族ダークブレイダー……獲物としちゃ、楽な部類だ」
「だが、さっきの動きはなかなかだった」
「ホーランドは油断から殺されたが……俺たちは、そうはいかんぞ」
「確実に追い詰めて、殺す」
「まあ、こっちの勝ちは揺らがないんだ。狩りを楽しませてもらうとしよう」
ヘラヘラと笑う勇者たち。
自分たちが負けるとは微塵も思っていない様子だ。
「へっ、ゲーム感覚ってわけか」
気に食わなかった。
「こいつが殺し合いだってことを分からせてやる」
「ほざけ!」
「撃ち抜いてやるぞ!」
最後方に構えた杖持ちの『砲戦型』勇者二人が叫んだ。
手にした杖──奇蹟兵装がまばゆい輝きを放つ。
そこから飛び出した三十発以上の光弾が、四方からルネを襲った。
「おっと」
軽やかな身のこなしでそれを避ける。
と──、
「逃がさん!」
弓の奇蹟兵装を持った二人の『弓兵型』勇者が、大量の矢を放った。
彼が逃げる先を塞ぐような軌道で──。
最初の光弾は、おそらく誘いだったのだろう。
ルネの回避コースを限定するための。
「……ちっ!」
その場で強引に立ち止まり、大剣を旋回させるルネ。
無理な制動をかけたため、体のあちこちに痛みが走った。
「ぐううぅっ……舐めるなよ!」
それでも剣をなんとか振り切る。
封神斬術、風裂閃。
一対多数用の斬撃で光弾群をまとめて斬り散らす。
「体勢が崩れたな!」
「もらったぞ!」
すかさず、剣の奇蹟兵装を持った二人の『戦士型』勇者が突っこんできた。
対するルネは剣閃を放った直後の、いわゆる『硬直状態』だ。
迎撃しても、不安定な体勢の上に相手は二人。
確実に押し負ける──。
そう判断したルネは、とっさに足元の地面を蹴りつけた。
土塊を飛ばし、相手の視界をさえぎる。
「き、貴様……!?」
二人の『戦士型』の足が止まった。
その間に、ルネは後退して距離を取り直す。
「……ちっ、魔族だけあって汚い戦い方をする」
勇者たちがルネをにらんだ。
「六人で一人をボコろうとしているお前らに、汚いとか言われたくねーよ」
吐き捨てつつ、あらためて彼らを見据える。
近距離タイプの『戦士型』、中距離タイプの『弓兵型』、遠距離タイプの『砲戦型』──全員で連携し、自分の射程距離に応じた攻撃を矢継ぎ早に浴びせる戦術だろう。
単純だが、反撃の隙がない。
「抵抗しようと無駄だ。俺たちは得意距離からジワジワとお前をなぶる」
「確実に体力を削り、確実に仕留める」
勇者たちが告げた。
「まあ、せいぜい元気よく逃げ回るんだな」
「あまりあっけなく倒しても『ゲーム』が面白くない」
「へっ、正義のための戦いが聞いてあきれるぜ」
ルネが吐き捨てた。
「魔族が正義を語るな!」
勇者の一人が激高した。
「勇者とは正義の戦士! この村も、俺たちがいなければ魔族に襲われ、多くの人間が死ぬんだ!」
「村人相手に理不尽な暴力を振るってる、って聞いたぞ」
「っ……! わ、我らの威光にケチをつける者を制裁しただけだ!」
痛いところを突かれたのか、動揺したような勇者。
「落ち着け。俺たちを心理的に揺さぶり、なんとか隙を作ろうとしているだけだ」
他の勇者がそれをたしなめる。
「確実に殺すんだ」
それぞれが剣を、弓を、杖を構えた。
「──ちっ」
悔しいが、やはり隙がない。
そして──ふたたび彼らの攻撃が始まった。
遠距離からの光弾攻撃をなんとか大剣でいなす。
すかさず中距離から矢が降り注ぐ。
それを回避したところで、近距離から勇者二人の斬撃が襲いかかる。
防ぎきれずに、腕を、足を、切り裂かれた。
「くそっ……!」
舌打ちまじりに後退するルネ。
「ほう、粘るな」
「下級魔族にしては、な」
「だが手傷は負わせた。次は──凌げるかな?」
勇者たちがニヤリと笑う。
狩りを楽しむような顔だ。
(気に食わねぇ……!)
彼らを見ていると、無性に腹が立つ。
脳裏に、血だらけのラスの姿が浮かんだ。
(俺があいつらをぶちのめすからな、ラス)
半ば無意識に心の中で呼びかける。
「どうした、諦めたか?」
「言っておくが、命乞いをしても無駄だぞ」
「誰が、するか」
ルネは勇者たちに毒づいた。
「……思い出せ」
自分自身に言い聞かせる。
今まで戦ってきた中で、近接戦闘で最強なのは間違いなくあの二人だ。
第二階位勇者、アイラ・ルセラとキーラ・ルセラ。
「あいつらの動きを──」
流麗にして優雅な動きのアイラ。
華麗にして豪快な動きのキーラ。
その二つの剣技を、戦技を。
イメージし、頭の中で自分なりにトレースする。
「くおおっ……!」
咆哮とともに、ルネの両腕に、両足に、筋肉が盛り上がった。
痛みを無視し、全身に力を込める。
体の奥底で、何かが目覚める感覚があった。
「さあ、最後の攻防と行こうか!」
吠えて地を蹴り、ルネは突進した。
次回でルネVS勇者戦決着です。
マグナ視点の話も入ります。





