8 触れ合い
引き続き魔族ルネ視点のお話です。
翌日も、ラスはやって来た。
「俺のこと、誰にも話してないだろうな?」
「うん、やくそくしたから」
笑うラス。
「だから、きょうもおはなししよ? ね?」
「……ふん」
妙に懐かれたもんだ、と思いながら、ルネは鼻を鳴らした。
──今日のラスの話は、彼の祖父についてだった。
「おじいちゃんは、えすえすえすらんくのぼうけんしゃなの。あちこちをたびしていて、めったにかえってこないんだ。すごくつよいんだよ」
「ほう」
目をキラキラさせて語るラスに、ルネはわずかに眉を上げた。
人間界の事情になど興味はないが、強者の話題となれば別だ。
「おじいちゃんは、むかし、ざいらすさまといっしょにたたかったんだって」
と、ラス。
「ざいらすさまのおししょうさまは、じつはまおうだった、っていってたの」
「ああ、聞いたことがあるな」
先代魔王──『虐殺の騎士王』ヴリゼーラは酔狂から人間界で冒険し、人間の友人を持ったという。
その一人が、今の世に剣聖ザイラスとたたえられる男だ。
ヴリゼーラは、彼に己の剣技のすべてを伝えたとも言われている。
「だから、おじいちゃんはぼくに『ラス』ってなまえをつけたんだ。ざいらすさまみたいに、つよくてやさしいおとこになれ、って」
「ふん」
どうでもいい話だ、と思いつつも、嬉しそうな笑顔で語る少年を見ていると、なぜか胸の芯が温かくなるような感覚があった。
不思議な感じだった。
魔界で戦いに明け暮れていたルネにとって、未知の感覚──。
(……この俺が人間みたいな感傷に浸ってるのか? 柄でもない)
ルネは内心で苦笑しながら、前髪をかき上げた。
なんの気なしの動作だったが、その瞬間ラスの顔がこわばる。
「おにいちゃん、もしかして……まぞくなの……?」
おびえたような、顔。
「ああ、これか」
ルネは苦笑交じりに額の角を指さした。
前髪をかき上げた際、見えてしまったようだ。
「……しょうがねーな」
ルネは立ち上がった。
「ひ、ひいっ」
「安心しろ。何もしねーよ」
さらにおびえるラスに、ルネはふんと鼻を鳴らした。
「俺が剣を向けるのは、戦士だけだ」
「おにいちゃん……?」
「けど、魔族だってバレちまったし、これ以上は長居できねーな。俺はもう行く」
背を向ける。
「ま、まって……!」
その背にラスが声をかけた。
「おにいちゃん、けがしてるし……まだやすんだほうがいいよ」
「魔族だって知っても情けをかけるのか。お優しいことだ」
「だって……」
ラスは涙声だ。
「ぼく、だれにもいわないから……けががなおるまで、ここにいてよ」
「……ラス」
「やくそく、するから……だから、ぼくのともだちでいてよ……」
ぴくり、とルネの片眉が上がる。
友だち──。
その言葉に、体がわずかに震えた。
「見つけたぞ、魔族」
水車小屋の扉が蹴り開けられたのは、三日後のことだった。
「お前ら……!?」
戸口に複数の人影が立っている。
彼らの一人が、ラスを突き飛ばした。
殴られたのか、血だらけだ。
「お、おい……」
「ごめん、おにいちゃん……いばしょをおしえろ、ってなぐられて……ぼく……」
ラスは涙声だ。
「──てめぇらの仕業か」
ルネは彼らをにらんだ。
「我らの使命はライゼル軍の残党を退治すること」
「この辺りに魔族が逃げこんだという情報はつかんでいた」
「その小僧が何か知っているようだったが、頑として口を割らなかったのだ」
「邪悪な魔族をかくまうなど、子どもであっても許せん」
「ゆえに、正義の制裁を加えた」
「さんざん殴って、ようやく白状させたぞ。お前の居場所を、な」
剣を持っている者と、弓を手にしている者、杖を構えているのが二人ずつ。
斧を担いでいる者が一人。
全部で、七人。
雰囲気からして、いずれも中ランクだろう。
万全とはいえないルネには、手ごわい構成だった。
「小僧、どけ! 邪魔だ!」
斧を担いだ粗暴そうな勇者が、ラスを蹴った。
「俺たちは今から魔族を成敗する」
「……てめぇら」
瞬間、ルネの胸の中で何かが激しく燃え盛る。
自分を『退治』しようとする勇者たちへの闘志。
怒り。
殺意。
そして──。
ちらり、と血まみれのラスを見る。
──何が、正義の制裁だ。
「おおおおっ!」
ほとんど衝動的に吠え、手元の大剣を握って駆けだした。
封神斬術、特殊歩法『幻舞』。
流麗なダンスにも似たステップを刻み、相手を幻惑しながら一気に間合いを詰める。
「そいつから離れろ!」
ラスをかばうように前に出つつ、斧を担いだ勇者を斬り伏せる。
「がっ……」
短い苦鳴とともに、その勇者は絶命する。
「き、貴様!」
「下級魔族風情が、この数を相手に立ち向かう気か!」
勇者たちは驚きの声を上げながら後退した。
小屋の外に出る。
それを追って、ルネも外に飛び出した。
「立ち向かう? 違うな、こいつは制裁だ」
血濡れの大剣を手に、『闇の剣士』は口の端を歪めて笑う。
「正義の勇者様に、この俺が悪の制裁を加えてやる!」





