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7 魔族と少年

今回は魔族ルネ視点のお話です。3~4話くらい。

そのあと、マグナ視点の話に戻ります。

 ルネが村はずれの水車小屋に身を隠し、三日が過ぎた。


「ちっ、治りが遅い……勇者の武器にやられたせいか」


 戦いで受けた傷の処置をしながら、顔をしかめる。

 先の戦いでアイラやキーラから受けた傷は、まだほとんど治っていなかった。


 ダークブレイダーの武器や防具には自己修復力があり、壊れた鎧はすでに七割がた元に戻っていた。

 まだあちこち亀裂があるものの、防具としてはそれなりに使えるレベルだ。


 問題は、彼自身の肉体だった。


 剣による創傷に加え、火炎や雷撃による火傷や裂傷。

 普段通りに動けるようになるまで、まだ数日はかかるだろう。


 こんなところを勇者にでも襲われたら、どこまで戦えるか──。


(とにかく、今は身を隠すしかねぇ)


「おにいちゃん、ケガしてるの?」


 突然の声に、ルネはハッと身構えた。


 水車小屋の戸口に誰かが立っている。


 たたた、と駆け寄ってきたのは、小さな少年だった。

 年のころは五、六歳くらいだろうか。


「ちがでてるよ……いたそう」


 心配そうにルネを見上げている。


 おそらく彼が魔族であることに気付いていないのだろう。

 武装を解いたダークブレイダーは、個体差はあるものの人間とほとんど変わらない外見をしている。


 ルネの場合は、金色の髪に浅黒い肌をした二十代前半くらいの青年……といった見た目だ。


 強いて言えば、エルフのように尖った耳や、獣のように鋭い牙や爪などが、普通の人間との差異だろうか。

 他に、額に小さな角があるが、前髪で隠れてほとんど見えないはずだった。


「何だ、お前」

「ラスっていうの。このちかくにすんでるんだよ」


 名乗る少年。


「ぼくのなまえは『けんせいザイラスさま』からとったんだって」

「ふーん」


 別に聞いてねーし。

 内心でつぶやきつつ、ルネは警戒を続ける。


 この少年から、彼の存在が村にバレないともかぎらない。


「……俺がここにいることは、誰にも言うなよ」


 ルネは釘を刺した。


 冷徹な魔族なら、口封じのために少年を殺すだろう。


 だがルネは、そうするつもりはなかった。

 もちろん人間のような情があるからではない。


 戦士以外の者に剣を向けるのは、彼の誇りが許さないからだ。


「あ、そうだ。いいものあげるよ」


 ラスはそんな彼の言葉を聞いているのか、いないのか、ポケットをごそごそと探し出す。


「これ」


 取り出したのは、黄緑色をした草の束だ。

 それを数本差し出す。


「なんだこりゃ?」

「やくそう。ケガにきくんだよ」


 ラスがにっこり笑う。


「薬草……なんでお前がそんなもん持ってるんだよ」

「……ゆうしゃさまがむらにいて、ときどき……」


 ラスの顔が暗くなった。


「なぐられるから」

「勇者に殴られる?」


 ルネは首をかしげた。


「そいつらは人間にとっちゃ『正義の味方』じゃないのか?」

「……うん」


 ラスの表情がますます暗くなった。


「それがお前を殴るのか?」

「あのひとたちは、むらのひとたちにえらそうにしたり、きにくわないとすぐなぐったり……」


 ぽつり、ぽつり、と話すラス。


「でも、ゆうしゃさまがいないと……わるいまぞくをたいじできないから、みんながまんしてる」


 人間の世界も、なかなか複雑なようだった。

 勇者とは名ばかりの連中もいるらしい。


 それはそうと、一つ気になる言葉があった。


「悪い魔族を退治……?」

「このあたりに、まぞくがにげてきたんだって。それをたおすために、ゆうしゃさまたちがきたの」

「……なるほど」


 ルネは表情をわずかにしかめた。

 つまりその勇者たちはおそらく──。


 ライゼル軍の、残党狩りだ。




 その日の夜。


「3491……3492……!」


 ルネは小屋の外で、一心に剣を振っていた。

 傷の治りや、今の自分がどこまで動けるのかを確認するためだった。


 ダメージはまだ残っている。

 が、ラスの薬草が効いたのか、痛みは随分と和らいでいた。


 そして、体の奥底から新たな力が湧き出るような感覚もあった。

 敗北に終わったものの、第二階位勇者──アイラとキーラの双子との戦いは、ルネに新たな感覚を呼び覚ましてくれた。


 真の強者との戦いが、彼自身の強さを引き上げてくれる。

 今まで限界だと感じていたものが、限界ではなくなっていく。


 その感覚は、ルネにとって至高の喜びだ。


(強くなっている! 俺は確実に、以前の俺よりも!)


 自分よりも強い相手と戦い、あるいはその戦いを見取り、自身の強さに加算する──それこそが封神斬術(ほうしんざんじゅつ)の極意。


 思い浮かべる。

 自分を完膚なきまでに打ちのめした、アイラやキーラの戦いを。


 自身の身で覚え、刻んだ、二人の強さを。


(俺も、もっと速く……鋭く……激しく……!)


 ルネは自身の進歩を実感しながら、夜通し剣を振った──。

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