11 無限と有限
「『冥府怨霊陣』──冥界より二億六千五百七十一体の死霊を召喚し、すべてを朽ち果てさせる死霊術系の最上位魔法だ。いかに貴様のスキルといえど、これだけの物量は吸いこみきれまい!」
ライゼルが哄笑した。
「エストラーム様も、人間ごときを気にしすぎなのだ。『かの者のスキルについて調べてまいれ』などと……この私がいれば、魔王軍の戦力は盤石。勇者も、神さえも──敵ではないわ」
自信たっぷりだ。
で、俺は迫りくる大量の死霊を見据えていた。
「すごい数だな、これ……」
冗談抜きで視界を埋め尽くす死霊の群れ。
当分夢に出てきそうなくらい不気味だ。
「気持ち悪い……」
隣でエルザが青ざめていた。
「すぐ消えてなくなるよ。500メートル内に来たら、全部吸いこむから」
俺は彼女をとりなした。
その間にも、押し寄せる死霊群は大地をどす黒く朽ちさせ、大気すらも腐食させて瘴気に変え、まさしく周辺一帯を死の世界へと染め上げていく。
死霊術系の最上位魔法、か。
確かに、こんなものを広範囲でまき散らされたら、国単位で滅んでしまいそうだ。
魔王の側近の力を、あらためて実感する。
ライゼルは、とんでもない化け物だ。
「だけど──」
次の瞬間、
しゅおんっ……!
射程内に入った死霊が次々に【ブラックホール】の中に吸いこまれていく。
次々と。
片っ端から。
際限なく──。
もしかしたら、このスキルにも吸収限界があるんだろうか?
そう心配したりもしたけど、どうやら問題ないようだ。
吸っても吸っても、【ブラックホール】の勢いは衰えない。
数百の、数千の、数万の──。
死霊を吸いこみ、吸いこみ、さらに吸いこみ。
視界を埋め尽くす量だった死霊軍団は、瞬く間にその数を減らしていく。
たぶん、もう数千万くらいは吸いこんだんじゃないかな。
どう見ても、死霊軍団は最初の半分以下の数に減っている。
「馬鹿な……吸引の勢いがまるで止まらぬ……!?」
ライゼルの髑髏の顔に──表情がないはずのその顔に、確かな恐怖の色が浮かんだ。
ローブに包まれた体が震えている。
「まさか貴様のスキルには限界がないとでもいうのか……!? ありえぬ……!」
「少なくとも、億単位で吸いこめるみたいだな」
俺はニヤリと笑ってみせた。
ちょうど最後の一体を吸いこみ終わったところだ。
さすがにいつもより時間がかかった。
吸いこむ量には際限がないかもしれないが、吸いこむ速さにはある程度の限界があるようだ。
まあ、ちょうどいいスキルテストになったと思っておこう。
俺が【ブラックホール】を身に着けてから、これだけの量を一度に吸いこんだの初めてだからな。
「くっ、ここは退かせてもらう!」
ライゼルが身をひるがえした。
さすがに戦意喪失したらしい。
自分まで吸いこまれてはかなわない、と判断したのだろう。
浮遊魔法で空中に飛び上がるライゼル。
上空にたゆたう黒い穴のような空間──たぶん魔界との出入り口だろう──に向かって、飛んでいく。
だけど、そのスピードはあまり速くなかった。
たぶん、さっきの呪文でほとんどの魔力を使い果たしたんだろう。
「逃がすか──」
「マグナ、私につかまって!」
エルザが叫んだ。
「えっ?」
「アイラとキーラは地面に奇蹟兵装の一撃を。その爆風で私がマグナごと跳ぶわ」
振り返ると、双子勇者がこっちに駆け寄ってくるところだった。
応援に来てくれたのか。
「爆風で、って……」
「私には『無敵の盾』があるのよ。マグナを守ってみせる」
縦ロールの金髪をかき上げ、胸を張るエルザ。
……なるほど。
俺の【ブラックホール】も一種の無敵の盾だけど、全部『吸収』してしまうからな。
爆風を利用して跳ぼうにも、その爆風を吸いこんでしまう。
だけど、エルザの盾なら──。
「分かった、頼む」
ライゼルが逃げる前に。
「私だって、これくらいの役には立たないとね」
エルザは俺をギュッと抱きしめた。
ビキニアーマーの激しい露出度が間近で見えて、どきりとする。
柔らかな肌や豊かな胸がギュウッと押し付けられていた。
い、いや、今は跳ぶことに集中だ。
集中、集中、集中、おっぱい……じゃなかった、集中。
「いくわよ!」
「これで!」
アイラとキーラが奇蹟兵装の一撃を地面にたたきつけた。
爆発が起き、その爆風が俺たちを襲う。
同時に、
「奇蹟兵装『スヴェル』──【聖なる障壁】!」
エルザが盾をかざした。
青白い防御フィールドが俺たちを覆う。
爆風がそのまま俺たちを押していく。
逃げるライゼルに向かって。
「な、何……!?」
「届け──!」
ぐんぐん迫る不死王の背中に、俺は叫んだ。
その意志が通じたように、ちょうど射程内の500メートルに達したようだ。
しゅおんっ……!
「ば、馬鹿な、このライゼルがぁぁぁぁぁっ……!?」
絶叫とともに、髑髏の魔物は【ブラックホール】の内部に吸いこまれていった。
次回から第5章「虚空の領域編」になります。
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