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10 不死王ライゼル

「我が側近たる霊魔衆をあっさり倒すとは。人間にしては大したものだ」


 魔軍長ライゼルが傲然と言い放った。


 数百メートルの距離があっても、はっきりと声が聞こえるのは、通話補助の魔法でも使っているんだろうか。

 あるいは、間近で声が聞こえるように錯覚するほどの威圧を感じているからだろうか──。


「まずは褒めてやろう」

「あいつらって側近だったのか……」


 強い奴でも雑魚でも、等しく一瞬で吸いこんでしまうから、相手が強いかどうかが今一つ分からないんだよな、このスキルって。


「あれは──躯の大魔導師(エンシェントリッチ)!」


 俺の側にエルザが走り寄った。

 キャロルの方は負傷した勇者たちの治癒に駆け回っているようだ。


「エンシェントリッチ……?」

「アンデッド系の中で最上位に位置する魔物よ。不滅の命と魔王に準ずる大魔力を持ったモンスターね」


 なるほど、魔王の腹心を務めるだけあって強そうな感じだ。


「けど【ブラックホール】で吸いこめば関係ないか」


 俺はライゼルに向かって進む。


「させぬよ」


 ごがぁっ……!


 突然、目の前の地面が一直線に裂けた。


「くっ……!」


 俺はエルザとともに慌てて足を止めた。


 幅は十メートルくらいだろうか。

 しかも亀裂の底は見えないくらいに深い。

 とても飛び越えられるようなものじゃない。


「それ以上は近づけさせん」


 告げるライゼル。


「先ほどの戦いを見て、貴様のスキル効果はおおよそ把握した。おそらく有効射程は500メートル程度……それ以上に近づかなければ、影響は受けん」

「へえ……」


 俺の射程距離を意識して戦おうとする敵は、初めてだ。


「貴様のスキルについて聞きたい」


 言いながら、ライゼルが骨を組み合わせたような不気味なデザインの杖を掲げた。


「『ハーデスブラスト』」


 呪文とともに、杖の先端が黒紫色に輝いた。

 その輝きが円心上に広がっていく。


 俺の【ブラックホール】の射程内に入ったものは吸いこまれて消えたが、射程圏外まで広がっていったものが、勇者を──さらには魔族をも巻き添えにして吹き荒れた。


「ぐっ!?」

「ぎゃあっ!?」


 周囲から次々と響く断末魔。

 ライゼルの呪詛魔法を受けた者は、跡形もなく消滅してしまった。


「お前……!」

「まあ、聞け。ワシの話を聞いている間は、これ以上攻撃せん」


 ライゼルが淡々と告げる。


「ちっ」


 舌打ちまじりに、俺は不死王をにらんだ。


「……なんだよ、話って」

「貴様のスキルはどうやって身に着けた?」

「えっ」

「その気配……普通のスキルではない。神や魔も越える力──運命を制し、因果を凌駕する力を感じる。それほどの力を一体どうやって身に着けたのだ」

「あ、それは私も聞きたいかも」


 エルザが会話に加わる。

 そういえば、このスキルを身に着けたときのことって、エルザやキャロルにもちゃんと話したことがなかったな。


「話せ。さもなくば、先ほどの魔法をもう一撃放つ」


 ライゼルが杖を掲げた。


 こいつ……!

 まあ、話すくらいはいいか。


「俺のスキルはもともと【落とし穴】だった。殺傷能力が低くて簡単な罠にしか使えない、外れスキルだ」

「ほう」


 うなるライゼル。


「だけど、偶然【落とし穴】の底にもう一つ【落とし穴】を掘ったら、スキルがランクアップしたっていうメッセージが出たんだ。それを繰り返しているうちに、【落とし穴】は【ブラックホール】に進化していた」

「……何よ、それ」


 エルザがポカンとしている。


「それだけなの?」

「ああ」


 うなずく俺。

 実際、その通りなんだから他に説明のしようがない。


「そんな簡単なことで……」

「俺だって未だに信じられないくらいだからな」

「……なるほど。理解したぞ」


 ライゼルがふたたびうなった。


「えっ、今ので何か分かったのか」


 むしろ、俺の方が驚いた。


「興味あるから、俺にも教えてほしいぞ」

「貴様がまともに話す気がない、ということを理解した」


 ライゼルが骨の杖を振り上げた。


「まあ、いちおうエストラーム様に今の話を報告しておくが──」


 ぞわり……!


 放たれるプレッシャーがさらに高まる。

 その気配だけで、奴の足元の地面が紫色に変色し、朽ち果てた。


「貴様のスキルは因果の外に在る。我ら魔の常識では推し量れない力。だが、しょせんは人間が発現するスキルにすぎん。そして能力特性が決まっている以上、限界もまたおのずと決まる」


 ライゼルが静かに告げる。

 自信に満ちた様子で。


「貴様のスキルは広義の吸収系に属するものだろう。知っているか? 通常、その系統のスキルには『容量限界』というものが存在する」

「容量限界……?」

「最上位の吸収スキルでさえ、一つの都市が入る程度だろう。だが、貴様のスキルは規格外だ。国の二つや三つ、吸収できる容量があっても不思議ではない」


 そういえば【ブラックホール】がどれくらいの容量まで吸いこめるのか、っていうのは試したことがなかったな。


 ……どれくらいまでいけるんだろう?


「念には念を入れ──十の国を埋め尽くすほどの死霊を放ってくれよう。どこまで吸い尽くせるか──試してみるがいい、人間よ!」


 次の瞬間、ライゼルの杖から数千数万の──いや、もしかしたら億単位の死霊が、雨のように放たれた。

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