9 出現
「大丈夫だったか、二人とも」
俺はアイラとキーラの元に駆け寄った。
吸血鬼らしき魔族相手に苦戦中のようだったが、大きな怪我はないようだ。
そのことにホッと安堵する。
「上級魔族を一瞬で……!?」
「それが君のスキルか……!」
呆然とした様子の二人。
激闘を物語るように、身に着けた肩当ては半分くらいが削り取られていた。
手にした細剣や大剣もところどころ亀裂が走っている。
「お二人とも怪我してるのです。今、あたしが治しますね~」
キャロルがアイラとキーラに向かって手をかざした。
ぴょこぴょこ、と狐耳が揺れ、もこもこした尾が跳ねる。
可愛い。
戦場だというののなごんでしまった。
「『ヒール』~!」
淡い輝きがあふれたかと思うと、アイラとキーラの傷は全快していた。
「治癒能力を持っているのね。ありがとう」
「助かったよ。これでまた戦える」
二人はキャロルに礼を言った。
「戦況がやばそうだし、とりあえず片っ端から吸いこんでくる」
言って、俺はふたたび駆け出した。
キャロルやエルザたちが狙われても大丈夫なよう、位置関係に注意する。
俺の【ブラックホール】の有効射程は500メートルだ。
その範囲内に彼女たちが入るように動き回る必要がある。
「まずは──あいつらか」
ざっと見ると、強そうなのは二体。
全長数十メートルもある、巨大な死霊。
そして、その近くで暴れ回っている、同サイズの竜のゾンビだ。
「仕留める──」
俺は走った。
500メートルまでもう少しだ。
と、
「霊魔衆であるミラキュラスをこうも簡単に倒すとは……!」
無数の瘴気弾で勇者たちを吹き飛ばしていた巨大ゴーストが俺を見る。
ぐるるるるるる……!
その近くで暗黒のブレスを吐き出し、辺り一面を朽ちさせていた竜のゾンビが警戒するようにうなる。
「霊魔衆……?」
仰々しい名前だし、やっぱりこの軍団の中でもかなり強い部類なんだろう。
見た目からして強そうだし、勇者たちも歯が立たない感じだからな。
俺は奴らに向かって、さらに接近する。
「だが、この超巨大死霊ヴァルヴァドゼイルは倒せん。我はすでに死した霊体! 殺すことはできん! そしてこの身に溜めこんだ圧倒的な怨念量が、膨大な瘴気を生み出し、すべてを朽ちさせる!」
ヴァルヴァ……なんとかっていう巨大ゴーストが、紫色の瘴気弾を数百発まとめて撃ってきた。
「この数なら逃げ場はないぞ! 呪われて死ね!」
「るおおおおおんっ!」
さらに、竜のゾンビも黒いモヤのようなブレスを吐き出す。
地面をどす黒く朽ちさせながら俺に迫ったそれらは、
しゅおんっ……!
当然のように【ブラックホール】に吸いこまれて消える。
「なんだと……!?」
「ぐるるあああっ!?」
二体が驚いた様子で立ち尽くした。
そして、その瞬間、俺は奴らとの距離を500メートルにまで縮める。
しゅおんっ……!
まさしく、瞬殺。
二体は黒い魔法陣の中に吸いこまれ、消え去った。
「ふうっ」
俺は戦場を見回す。
まだまだアンデッド軍団は周囲で暴れまくっていた。
俺の半径500メートル内にいる敵は根こそぎ吸い取っているんだけど、何しろ戦場の範囲がやたらと広い。
全部掃討するには、かなり走り回らないと駄目だろうな……。
こういうとき、もっと素早く移動できる手段があればいいんだけど。
そのとき、上空で黒い稲妻が弾けた。
同時に、全身の肌が粟立つ。
すさまじい悪寒。
他のアンデッドとは比べ物にならない、禍々しい何かが現れようとしている──?
その予感を裏付けるように、空一面で無数の稲妻がさらに弾けた。
「あれは……!」
ここに来るときも見かけた、巨大な髑髏。
それが実体化し、戦場へと降り立つ。
全長は十メートルほどだろうか。
ボロ布のようなローブをまとったその骸骨の魔物は、どこか呪術師を連想させた。
「我はライゼル」
魔物が名乗る。
「魔王エストラーム様の腹心──魔軍長の一人にして、『不死王』の称号を与えられし者なり!」





