8 霊魔衆
前半ルネ視点、後半マグナ視点です。
「さあ、終わりにしてあげるわ。下級魔族さん」
アイラが細剣『アスカロン』を手に近づいてきた。
「よくがんばったけど、これが下級の限界だね」
大剣『レーヴァテイン』を構えたキーラがその隣に並ぶ。
「……ちっ」
ルネは小さく舌打ちした。
自分はまだまだ強くなれる──。
その実感と予感は喜ばしいものの、まずこの危機を脱してからの話だ。
(絶対、生き延びてやる)
力が入らない四肢を無理やり動かし、弱々しく上体を起こす。
「あら、まだ動けるの?」
「タフだね」
驚いたようなアイラとキーラ。
「下級、下級ってうるせーよ」
ルネは歪んだ笑みを浮かべた。
勇者から見下され、魔族から捨て駒にされ──。
だけど、いつまでもそんな場所に甘んじる気はない。
「いつか、必ず……」
うめきながら、ルネは大剣を支えに立ち上がった。
「必ず、這い上がってやる……必ず……!」
そして、俺が頂点に立ってやる。
脳裏に浮かぶ、マグナ・クラウドの姿。
彼が持つ、絶対的な『力』の姿。
それと同じ領域に、彼とは違う道筋で。
いつか、必ず──!
「残念だけど、『いつか』はないわ」
「君はここで死ぬ。今から僕たちに討たれて」
アイラの、稲妻をまとった細剣が。
キーラの、火炎を吹き出す大剣が。
それぞれ、ルネに狙いをつけた。
なんとか立ち上がったとはいえ、第二階位勇者二人の攻撃をしのぐ力など、ルネにはもはや残されていない。
(ここで終わるのか、俺は)
悔しさと無念さが胸の奥を燃え上がらせる。
(ちくしょう──)
唇をかみしめた、そのときだった。
突然吹き荒れた突風が、アイラとキーラを襲った。
「これは……!?」
驚いたように後退する双子勇者。
「今のは──」
ルネも同じく驚いていた。
「ふん、先遣隊を蹴散らしたくらいでいい気にならないでほしいものだ」
「お前らの陣容は把握した。ここからが俺たちの本当の攻勢だ」
「ぐるるるおおおおおおおおおおおんっ!」
後方から現れたのは、三つの影。
吸血鬼・真祖。
超巨大死霊。
魔竜の動死体。
「霊魔衆……!?」
うめくルネ。
アンデッドたちを束ねる魔軍長──『不死王ライゼル』に次ぐ力を持つ、上級魔族たちだ。
さらに彼らの後ろにはスケルトンにゾンビ、ゴースト、ミイラ男、吸血鬼──無数のアンデッド軍団が控えている。
間違いない。
ついに魔界から侵攻軍の本隊が到着したのだ。
「なるほど、こっちが本命の攻撃隊ね」
「全軍、ひるむな。僕らが道を切り開く!」
双子勇者は、もはやルネには目もくれず、三人の霊魔衆に向かっていった。
「ふん、気配で分かるぞ。なかなかの使い手らしいな」
霊魔衆の一人、吸血鬼の真祖がそれを迎え撃つ。
「だが、不死の体と絶大なる魔力を併せ持つこのミラキュラスの敵ではない!」
「ならその不死身っぷりを試してあげるわ!」
「行くよ、姉さん!」
たちまち始まる激しい戦い──。
ルネは完全に蚊帳の外だった。
「ふう、とりあえずは休息だな」
ルネは戦場の後方まで下がり、息をついた。
双子勇者は吸血鬼の真祖ミラキュラスと戦っているが、押されているようだ。
さすがに霊魔衆は強い。
ルネがまったく歯が立たなかった相手に、優勢に戦いを進めている。
「まだまだ上級魔族とも差があるってことか」
つぶやきつつ、その戦いを視界に焼きつける。
その戦いを、覚える。
剣術における見取り稽古さながらに。
「きゃあっ!」
「うああっ!」
真祖の放った衝撃波が、双子勇者を大きく吹き飛ばした。
「ここまでだね」
淡々と告げるミラキュラス。
「君たちも相応に強いが、私たちは上級魔族でも指折りの力を持っている。人の身で立ち向かいたいなら、それこそ最強の『四天聖剣』でも連れてくるがいい」
その手を大きく振りかぶる。
長い爪の先に真紅の魔力の輝きが灯った。
輝きは長大な刃となり、双子勇者に向かって振り下ろされ──、
しゅおんっ……!
ミラキュラスの姿がいきなり消滅した。
「えっ……!?」
驚いた顔で立ち尽くす双子勇者。
ルネもまた呆然とその光景を見つめていた。
「まさか──」
ぞくり、と肌が粟立つ。
この光景は、覚えがあった。
「いるのか、お前が」
畏怖と。
そして、どうしようもない憧憬と高揚が──。
ルネの心と体を震わせていた。
※
「アイラもキーラもピンチだったみたいだな」
吸血鬼らしき魔族に追い詰められているのが見えたけど、どうにか間に合ったみたいだ。
ちょうど【ブラックホール】の射程内に入ったらしく、二人がやられる前に敵を吸いこむことができた。
「すごい数の魔族なのです……」
「この気配は、たぶん上級の魔族ね……」
恐れおののくキャロルとエルザ。
俺は周囲を見回した。
ゾンビやスケルトン、ゴーストなどアンデッド系の魔族オールスターズって感じの軍団だ。
勇者たちが応戦しているけど、押されているようだった。
「こっちの迎撃部隊は中ランク──第四から第六階位くらいの勇者たちよ。相手は上級魔族主体の部隊みたいだから、ちょっと力不足かもしれないわね」
と、エルザ。
「たぶん上位ランクの勇者たちが増援で来ると思うけど」
「いや、増援を待つまでもない」
俺は金のオーラを放つ黒い魔法陣──【ブラックホール】を展開したまま、戦場に向かって走る。
「キャロル、エルザ、俺から離れないように一緒に来てくれ!」
「はいなのです」
「もう、戦場の真ん中に突進なんて……」
言いつつ、二人が俺に並走する。
大丈夫、俺の【ブラックホール】は攻守一体の、無敵のスキル。
相手が上級魔族だろうと敵じゃない──。
次の瞬間、射程内に入った敵が次々に黒い魔法陣へと吸いこまれていった。





