7 兆し
今回は魔族ルネ視点のエピソードです。
次回はまたマグナ視点に戻ります。
『闇の剣士』ルネは、二人の勇者と対峙していた。
第二階位の勇者、アイラとキーラ。
容貌がそっくりなところを見ると、双子だろうか。
「ダークブレイダーごとき、このアイラ・ルセラが斬り捨ててあげるわ。奇蹟兵装『アスカロン』とともに、ね」
女勇者アイラが細剣を構える。
さすがに、隙がない。
バチッ、バチィッ、と剣全体から紫色の稲妻が弾け散っていた。
「いや──まず僕がやるよ、姉さん。この奇蹟兵装『レーヴァテイン』とキーラ・ルセラの力を見せてやる」
アイラを制して、男勇者が前に出た。
キーラが上段に構えた赤い刀身の大剣──『レーヴァテイン』がゆらめく炎を発する。
彼女たちが持つ奇蹟兵装は、当然さっきまでの勇者よりもはるかに強力なはずだ。
勇者については、ルネもある程度の知識を持っている。
神の武具である『奇蹟兵装』を操る、選ばれた戦士たち。
勇者の序列は九ランクに分かれており、アイラとキーラは最強と称される『四天聖剣』に次ぐ第二階位。
本来なら、下級魔族が束になってかかっても歯が立たないレベルである。
「お、おい、そいつらはやばいぞ……」
「上級魔族や魔軍長様が来るまで手を出すな……」
周囲のダークブレイダーがルネをいさめる。
確かに、下級魔族が第二階位勇者に挑むなど、無謀もいいところだ。
「知ったことか」
だが、ルネは退く気はなかった。
強い相手と戦ってこそ。
そして勝ってこそ──乗り越えてこそ、俺はもっと強くなれる。
「さあ、始めようか!」
ルネは大剣を手に仕掛けた。
流麗なダンスにも似たステップを踏み、相手を惑わせながら接近する。
封神斬術の特殊歩法『幻舞』。
一気にキーラの間合いに侵入し、大剣を叩きつける──。
「っ……!?」
その直前、ルネは大きく跳びのいた。
轟っ!
直後、彼がいた地点を炎の渦が薙ぎ払う。
同時に、地面に深い亀裂が走った。
「へえ、避けたんだ?」
キーラが戦場にそぐわない、さわやかな笑みを浮かべた。
「てめぇ……!」
避けることができたのは、ほとんど野生のカンだった。
反応してからでは、間に合わなかった。
ノーモーションでの斬撃と火炎の二重攻撃。
いずれも必殺の威力を持つそれらを、キーラはまるで小技でも放つかのように平然と撃ってみせたのだ。
「やってくれるじゃねーか……これが第二階位勇者の力か」
ルネが表情を引き締める。
「どうしたの? 続きはやらないのかい?」
「慌てるなよ。今──」
言うなり、地を蹴り、ふたたび突進するルネ。
先ほどと同じく特殊歩法『幻舞』でフェイントをかけつつ、さらに加速する。
「さっきより速い……!?」
驚いたようなキーラに対し、ルネは最高速まで加速した。
もはや音速に匹敵するほどの超スピードで敵の間合いに侵入する。
「これで──」
体を極限までひねり、その反動を加えて横薙ぎの一撃を放った。
封神斬術、風牙刃。
突進の勢いもプラスした、必殺の威力を備えた斬撃だ。
「くっ……」
勢いを殺しきれなかったのか、キーラは大剣でいなしつつ後退する。
「まだだぁっ!」
ルネは追撃をかけた。
今度は大きく体をしならせ、上段から振り下ろす。
封神斬術、雷牙刃。
渾身の一撃が、体勢の崩れたキーラを襲い、
「が、はぁっ……!?」
しかし、苦鳴を上げたのはルネのほうだった。
横合いから放たれた雷撃と斬撃をまともに受け、大きく吹き飛ばされる。
「て、てめぇ……」
「一対一だと言った覚えはないわ」
紫色の稲妻をまとった細剣を構え、アイラが冷然と告げた。
ルネはよろめきながら、立ち上がった。
先ほどの一撃で黒い全身甲冑の右胴部が大きく破損し、その下の肌も痛々しく裂けている。
「姉さん……」
「油断しすぎよ、キーラ。あなたの悪い癖」
「ごめん。あいつ、ダークブレイダーにしては信じられない戦闘力だよ」
キーラは苦笑混じりに言った。
「後々のことも考えて力を温存したんだけど……少し加減しすぎた」
「二割程度じゃ無理よ。あの魔族を倒すなら四割──いえ、五割の力は出さないと」
「そうだね。奴の戦力評価を修正だ」
(こいつら……)
彼女たちの会話から推測すると、今までのキーラは実力の二割ほどで戦っていたことになる。
(ハッタリ……じゃねえよな)
内心でつぶやき、ルネは口の端を吊り上げた。
笑っていた。
「五割で足りるのか?」
半ば自分を鼓舞するために、あえて挑発してみせる。
「なんだと?」
「全力で来いよ。てめえらまとめて、な!」
言うなり、ルネは大剣を振りかぶった。
そして──短い戦いの、後。
「はあ、はあ、はあ、ダークブレイダーがここまでやるとは……」
「だけど、さすがに相手が悪かったわね……ふうっ……」
キーラとアイラが荒い息をついている。
「く……そ……」
ルネの方はすでに体中に斬撃や火炎、雷撃を食らって、立ち上がれない状態だ。
身にまとった黒い全身鎧はほとんど砕け散り、血まみれの服や肌が露出している。
本気になった彼らの前に、ルネの斬撃も、歩法も、あるいは投げナイフなどの攻撃も──すべてが通用しなかった。
すべてが、軽くいなされてしまった。
悔しい。
強くなったつもりでいたが、やはり上には上がいる。
どこまでも、果てしなく──上がいる。
(さすがに無茶だったか……)
悔しさを感じつつも、頭の片隅では、今の自分の力を冷静に判断していた。
──今はまだ、勝てない。
「だが、お前らの全力はもう覚えた」
小さく、うめく。
この場を生き延びることさえできれば、その感覚をもとに、もっと自分を鍛え上げてやる。
もっと自分を磨き上げてやる。
そして、次こそは──奴らを倒す。
ルネは燃えていた。
嬉しかった。
自身に、まだまだ強くなれる余地があることが。
その道筋が、イメージが、形作られていくことが。
(そのためにも、まずはこの場を生き延びないとな……)





