9 因果律の外に在るもの
「俺以外の魔族が全滅……だと……!?」
ルネは呆然と立ち尽くした。
あらゆる攻撃を──それが不意打ちであろうと、正面からであろうと、すべて吸収する。
そして最後には敵そのものも吸いこんでしまう。
「あれが奴のスキルか……」
つぶやきながら、自然と口元がほころぶ。
まさしく、圧倒的な力だった。
竜をも一瞬で倒した、という話もうなずける。
あれなら中級や上級の魔族でもひとたまりもないだろう。
あるいは──もしかしたら、魔王エストラームやその腹心である魔軍長クラス、最強の第一階位竜種である『ガの眷属』ですら。
「倒せるかもしれないな。最強の、無敵の力……!」
つぶやき、心がたぎる。
もはやマグナ・クラウドを『たかが人間』と見下す気持ちは消えうせていた。
警戒心や畏怖、そして憧憬が混じりあう複雑な気持ちが芽生え始めていた。
「といっても、奴がターゲットであることには変わりない。どうするかな……」
まともに立ち向かおうが、不意打ちしようが、絶対に勝てない。
──少なくとも、今のままでは。
ルネは冷静に判断した。
どうやらあのスキルには射程距離があるらしい。
最初の攻防では、すべての攻撃呪文はマグナとの距離がおおよそ500メートルほどになったところで、あの黒い魔法陣のようなものに吸いこまれた。
スケルトンたちの武器も、同じく500メートル程度まで接近したところで吸いこまれた。
まだ結論付けるには早いが、有効射程は500メートルだと仮定しておく。
もちろん、他にも条件があるかもしれないし、500メートル以上離れていれば安心……というわけではない。
とにかく、あの男への接近は慎重に慎重を重ねるべきだろう。
有効射程に入った瞬間に吸いこまれて──終わる。
「しばらく観察するか」
奴のスキルの性質を、発動条件を、効力を──すべてを見極める。
「すべてを解析した後、奴を倒して俺は中級魔族になる」
いや、彼を倒せるだけの力を得たなら、中級程度ではとどまらない。
上級や魔軍長クラス、そしてさらにその先へと──。
「いったん撤退だ。今は、な」
ルネの闘志と野心は、さらに燃えたぎっていた。
※
俺は長老の家に案内された。
「あの、俺に見せたいものって……?」
「これです」
長老が部屋の奥から持ってきたのは、装丁がぼろぼろになっていて、かなり古めかしい書物だった。
「『ルギスの魔導書』──魔界に古来から伝わる書物です。魔法や神秘的な力全般についての考察が載っています。さらにそれらの力を解明するために、世界の理についても触れています」
「世界の、理……?」
「この世界は運命によって定められている──因果律という名の鎖が、すべてを縛っている」
謳うように告げる長老。
なんだか抽象的な話だ。
「その鎖は神や魔といえども断ち切ることはできない。つまり運命には誰も逆らえない──世界の理について、魔導書にはそう記されています」
「平たく言えば、運命論ってやつですか」
「その通りです。ただし──」
長老が俺を見つめた。
「その運命の縛りの外へと、飛び出す存在──因果律の外に在る力が、ごくまれに生まれ得る、と」
「因果律の……外へ」
「あなたの力は、そういった類の力ではないか、と。これは理屈というより本能や直感に近いレベルですが。その【虚空の封環】というスキルを見た際に感じたのです」
なんだか、随分とスケールの大きな話だ。
俺のスキルはあくまでも、外れスキルの【落とし穴】が進化しただけなんだけどな。
まあ、それにしちゃ強すぎる気もするけど……。
「仮に俺のスキルが、その『因果律の外に在る力』ってやつだったとして、そんなものが俺に宿った原因はあるんですか?」
「分かりませぬ。古来より、その類の力を持った者──神や天使であったり、魔であったり、あるいは人や亜人であったり──それらがなぜ、どうやって力を身に着けたのかは解明されていません。それこそ、運命のみぞ知る……といったところでしょう」
「はあ……」
結局は、雲をつかむような話だった。
それから、さらに三日。
俺たちは九尾の里での歓待を受け、ふたたびアルトタウンに戻った。
「『因果律の外に在る力』……か」
宿の自室で、俺は長老に言われた言葉をつぶやく。
ヴ……ン。
眼前に黒い魔法陣──【ブラックホール】を出現させた。
「ん……?」
何気なく見つめると、闇の向こう側に何かが見える。
揺らめく黒い炎にも、人影のようにも見える、何かが──。
「これは……!?」
だけど一瞬の後にそれは消え、見えなくなってしまった。
「今のは……?」
なんだったんだろう?
【ブラックホール】の中に、何かがいる──?
次回から第4章「勇者ギルド編」になります。
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