4 ダークブレイダー
人間に召喚されるのは、これが初めてだった。
(ヴェルフ帝国の皇帝とか言ってやがったな)
彼──下級魔族のルネは、目の前の男を見つめる。
赤紫色のフードとローブを着た、魔法使い風の男だ。
全身から漂わせる威厳や威圧感は、さすがに皇帝というだけの風格があった。
周囲を見れば、自分と同じ種族──『闇の剣士』が三体、スライムやアンデッド系が四体ずつ、そしてダークメイガスが六体──全部で十八体の下級魔族がいる。
これらすべてを、皇帝一人で召喚したようだ。
人間にしては大した魔力だった。
「よくぞ、我が召喚に応じてくれた。礼を言うぞ、魔族たち」
皇帝が厳かに告げた。
「お前たちに頼みたいのは、とある人間の暗殺だ」
「人間ごときを──それも、たった一人を殺すために、十八体の魔族を呼んだのか?」
ルネが眉を寄せる。
屈辱的な扱いといってもよかった。
案の定、他の魔族たちも怒りのこもった目で皇帝をにらんでいる。
「ただの人間ではない。超魔獣兵──下級魔族とモンスターの融合兵器ですら一瞬で仕留めるほどの猛者だ」
「──ほう」
ルネの表情が変わった。
人間など、魔族から見れば等しく雑魚。
そんな認識を持っていた彼だが、今の言葉に気持ちをあらためる。
「ターゲットの名はマグナ・クラウド。我が手の者の報告によれば、今は九尾の狐の里にいるようだ」
皇帝が説明した。
「あそこは魔界とつながっている。お前たち魔族ならば、魔界経由で里に侵入し、暗殺を成し遂げることも可能だろう」
言って、皇帝はルネたちを見回す。
「お前たちの健闘を期待する。成功すれば、エストラーム陛下が中級に取り立てる、とおっしゃっていたぞ」
「そこまでの相手かよ……面白え」
ルネが口元をほころばせる。
彼は上昇志向が強かった。
下級魔族として生まれたが、このまま下級のままで終わるつもりはない。
力を磨き、中級、上級、そしてさらに上へ──。
のし上がってやるつもりだった。
そのためには、今回は格好の任務だ。
人間ごときに使役されるのは気に食わないが、仕方ない。
「なら、俺が殺ってやるよ。そのマグナってやつを」
魔力を高める。
ボウッ……!
紫色の炎に似たオーラが立ち上ると、彼の全身を黒い鎧が覆い尽くした。
黒い大剣を背負い、さらに予備の武器である投げナイフを胸のベルトに三本差している。
ダークブレイダーとしての本来の武装だ。
それは、彼が本気の戦闘モードになったことを意味していた。
「必ず、な」
ルネは闘志を燃やしていた。
周囲を見回せば、他の連中も同じように野心を燃やしているようだ。
(競争……だな)
そして、勝つのは俺だ。
※
九尾の里の宴は続いていた。
「ささ、エルザさんもぐぐーっと」
「おほほほ、ありがとう、キャロル」
キャロルが注いだ酒を飲み干すエルザ。
どことなくその仕草に気品があるのは、貴族令嬢ならではだろうか。
ちなみに席は俺とエルザが隣同士で、キャロルが席を移動して俺たちに酒を注いでくれている感じだ。
他にも里の獣人たちが入れ代わり立ち代わりで、俺たちに挨拶したり、酌をしてくれたり。
みんな笑顔だった。
今までの稼ぎからの仕送りで、この笑顔をもたらすことができたのであれば、本当に嬉しいことだ。
冒険者の中には、自分よりランクが下の人間を見下したり、あるいはランクアップの功績を狙って足の引っ張り合いをしたり──そんな醜い側面だって何度も見てきた。
だけど、この人たちの笑顔を見ていると、冒険者をやっていてよかった、って思う。
誰かを笑顔にできるなら、この仕事も悪くない──。
酒が入ってるせいか、しみじみとそんなことを考えてしまった。
と、
「そういえば、あの鳥居は魔界につながってるって言ってたわね?」
エルザがキャロルにたずねていた。
「俺も気になってた。なんでそんな物騒なものがあるんだ?」
しんみりモードを止め、俺も会話に加わる。
「その……もともと『九尾の狐』というのは魔界に住んでいたのです」
と、キャロル。
「えっ、じゃあキャロルたちのご先祖様は魔族ってこと?」
「はいなのです。今でも魔界に住んでいる種族もいますし、あたしたちみたいに人間界に移住した種族もいるのです」
知らなかった。
「それで、二つの種族は今でも交流があるので、あの鳥居でここと魔界を行き来しているのです」
「魔族……ね」
エルザが真顔でつぶやいた。
そうか、彼女は冒険者であると同時に勇者でもあるんだよな。
仇敵ともいえる魔族が、キャロルの先祖だと聞いて複雑な気持ちなんだろう。
「でも、魔族だろうと人間界在住だろうと、もふもふが気持ちいいことに変わりないわよね。もふもふもふ」
全然気にしてなかった!
しかも、また不意打ちもふもふしてるし。
羨ましい……俺も混ぜてくれ。
「ふふ、マグナさんも──もふもふしてもいいですよ?」
キャロルが桃色のロングヘアをかき上げながら微笑んだ。
酒が入って顔が上気しているせいか、妙に色っぽく感じる。
「え、えっと、もふもふもふ……っ」
俺は緊張気味にキャロルの尾に触れた。





