3 皇帝と魔王
その日の夜、俺たちは里の長老さんが開いてくれた歓迎の宴に招待された。
──結局、俺のスキルについて長老さんはそれ以上のことは何も言わなかった。
因果律の外にある力……とか、やたらと思わせぶりなことを言っていたのが気になる。
「すまぬ。それは軽々しく語っていいことではない、ゆえに」
と、長老さんから丁重に謝られては、それ以上突っこんで聞くのもはばかられた。
ま、それはそれとして──今は宴を楽しむとしよう。
「ささ、ぐぐーっと、なのです」
キャロルが酒を注いでくれた。
「ありがとう、キャロル」
「えへへ」
彼女自身も軽く飲んでいるらしく、頬がピンク色に上気している。
漂うほのかな色香に、俺はちょっとドギマギしてしまった。
普段は『仲間』として接してるから、そういう意識が薄れることもあるけれど。
あらためて、思う。
やっぱり、キャロルって可愛いよな──。
※
ヴェルフ帝国、皇城の最奥。
床に巨大な魔法陣が描かれた部屋に、男はたたずんでいた。
フードを目深にかぶり、ローブをまとった魔術師風の男──ヴェルフ帝国の皇帝その人である。
「超魔獣兵七号と九号が倒されたか」
皇帝がうなった。
先日、『蒼の海』に放ったテストタイプの『海王魔獣』に続き、二十体作り出した実戦タイプ──そのうちの、火力重視の七号『雷魔犀王』と耐久重視の九号『焔帝蜥蜴』がいずれも撃破されたという。
報告によれば、ギガクラーケンを倒した戦士が、その二体も倒したというが……。
「一体、何者だ……」
もともとはギガクラーケンを倒した者の能力を見極める目的で放った二体だった。
撃破されたとはいえ、その者の能力をある程度調べることができた。
その者が操るのは、吸収系の魔法かスキルのようだ、という話だ。
「だが、超魔獣兵を一瞬で吸引するレベルの魔法など、この世界のどこを探しても存在するはずがない……」
神や魔王の領域ならともかく、人間が扱えるような魔法ではあり得ない。
それは、自身も世界最高峰の魔術師である皇帝にはよく分かっていた。
「ならば、スキルか? いや……」
『スキル』とは、人間やモンスターなどが備える技能や才能の総称だ。
鍛えることで身につく『技術』の領分もあれば、特殊な素質者だけが備えた『異能』の領分もある。
吸収能力ということであれば、当然後者ということになるが──。
「超魔獣兵クラスのモンスターを一瞬で吸収して倒すなど、そんな異能があり得るのか……?」
皇帝はふたたびうなった。
「通常ならあり得ない。それは、神や魔の領域すら凌駕しかねない力だ」
闇の中から声が響いた。
「──あなた様は」
皇帝は玉座から降り、その場に跪く。
「わざわざ、この世界までお越しいただくとは恐縮です」
恭しく頭を下げた。
同時に前方の空間が揺らぎ、人影が現れた。
まばゆい黄金のローブをまとった魔法使い風の男。
先端に血のように赤い宝玉がはめこまれた杖を手にしている。
ただし彼がただの魔法使いではないことは、その身から吹きつける圧倒的な威圧感と瘴気が示していた。
「魔導帝──エストラーム陛下」
皇帝が厳かに告げる。
魔界の王、エストラーム。
すべての魔族を総べる闇の支配者だ。
特に今代の魔王であるエストラームは卓越した魔力と超絶の魔法技術を兼ね備えていた。
「君に伝授した超魔獣兵が倒されたと知り、私も気になってな」
魔王は、本来なら人間が交信することなどできない相手である。
だが天才的な魔術師であるヴェルフ皇帝は、その方法を編み出した。
そして魔王から直々に魔法技術を教わり、究極の生体魔導兵器である『超魔獣兵』を完成させたのである。
「陛下、その力とは一体……?」
「私にも確たることは分からぬ。だが、推測は可能だ」
『魔導帝』の称号を持つ魔王エストラームが、厳かに告げた。
「おそらくその者が操るのは──因果律の外にある力」
「因果律の……外に?」
「本来なら、決して人が手にするはずのない領域の力だ。あるいは、因果律の誤動作によって生まれたのかもしれぬ。古来より、何例かそういった事象を伝え聞いている」
「因果律の誤動作……?」
天才魔術師の皇帝にとっても、初めて聞く単語だった。
「ある者は人の領域をはるかに超えたステータスを身に着け、ある者は世界を滅ぼすほどの魔力を身に着けた。世界の気まぐれが生んだかのような、超越の事象……それが、かの者にも起きたのかもしれぬ」
魔王が説明する。
「神や魔王をも凌ぐかもしれない理外の異能──非常に興味深い」
「……この者を攻略する方法はあるのでしょうか?」
「ふむ。無敵のスキルであることに間違いはない。いかに君たちヴェルフ帝国が精強な軍を持っているといっても、正面からでは難しいだろう」
たずねる皇帝に答える魔王エストラーム。
「とはいえ、しょせんは個人レベルの力。射程もまだまだ短い。これ以上成長しないうちに、不意打ちで倒すか、あるいは──」





