2 九尾の狐の里
「『九尾の狐の里』?」
「名前の通り、九尾の狐の眷属がたくさん住んでいる里なのです。この国の南部地域にあるのです」
と、キャロル。
「美味しい山の幸が自慢なのです……だいぶ収穫も回復してきたみたいなので、きっと食べさせてもらえますよ」
「なるほど……いいかも」
けど、ちょっと前までは食糧危機だったんだし、俺たちからも何か土産を持っていこう。
「慰安旅行第二弾ってところね。前の旅行はモンスターが出たりしたし……」
エルザがにっこりと言った。
「──というわけで、しばらく冒険者稼業は休むよ」
俺たちはギルドの窓口に知らせに行った。
「えっ、また旅行に……?」
窓口嬢のナターシャは妙に寂しげな顔で俺を見る。
「早く帰ってきてくださいね。そのあと、よかったらお祝いのお食事でも──」
「ナターシャさん、またマグナさんを誘おうとしてるのです」
「隙あらばアプローチ……侮れないわね」
ふたたびキャロルたち三人が妙な火花を散らす一幕もあったけれど。
ともあれ、俺たちは出発した。
やって来たのは、ラムド王国の南部地域。
そこに広がる森林地帯。
「ここが『九尾の狐の里』か」
深い森を抜けると、自然豊かな園が広がっていた。
キャロルの話では入り口に結界が張ってあって、部外者は簡単には侵入できないそうだ。
今回は俺たちを招待するために、あらかじめ結界をいじって、俺やエルザが入れるようにしてくれていたんだとか。
「のどかな村、といった雰囲気ね」
エルザが周囲を見回しながら言った。
あちこちに木造の家があり、キャロルみたいな狐の獣人の姿もちらほらと見える。
と、
「なんだ、あれ……?」
俺は前方に目を向けた。
数百メートル先に、赤い柱を組み合わせたような巨大なモニュメントが建っていた。
「たぶん東部大陸にある『鳥居』じゃないかしら」
と、エルザ。
「鳥居?」
「簡単に言えば、神の世界への入り口を示す門、といったところね」
エルザが説明する。
「エルザさん、物知りなのです」
キャロルが微笑んだ。
「おほほほ、いちおう貴族令嬢だから。それくらいの知識はあるわよ」
得意げに胸を張るエルザ。
ちなみに、いつものビキニアーマーではなくワンピース姿だった。
いちおう護身用として、神の武具『スヴェル』は持ってきたそうだ。
「ただ、あれは厳密には『鳥居』とは少し違うのです」
「えっ」
「あれは神域ではなく、魔の世界への入り口を示す門──『闇の鳥居』」
キャロルが厳かな口調で告げる。
「この里は、魔界につながっているのです」
魔界……?
「なんで、そんなものが?」
「帰ってきておったのか、キャロル」
一人のおじいさんが歩いてきた。
狐耳を生やし、腰からは九本の尻尾が生えている。
なるほど、『九尾の狐』か。
「あ、長老様。こちらはマグナ・クラウドさんとエルザ・クゥエルさん。あたしの冒険者仲間で里に仕送りをするための報酬を一緒に稼いでくださった方たちなのです」
「おお、あなた方が!」
長老と呼ばれたおじいさんが笑顔になった。
「おかげで里は助かりました。私はこの里の長、ダハルと申すもの。一同を代表し、あなたがたに深く御礼申し上げる」
深々と頭を下げる長老ダハルさん。
「いえ、お役に立てたなら何よりです」
「あなた方は里の救世主です。英雄です。全員があなた方に感謝しておりますぞ」
救世主とか英雄なんて言われると、照れるな。
レムフィールでもさんざん英雄扱いだったけど、どうも面映ゆい。
自分のことじゃないような感覚がして、落ち着かない気分になってしまう。
「ふふ、もっと褒めてもいいのよ! この美しき英雄にして勇者、エルザ・クゥエルを! おーっほっほっほ!」
一方のエルザは得意満面だった。
「ところで──」
長老が俺に向き直った。
「そちらのお方……マグナ殿からは不思議な気配を感じますな」
「えっ」
「不可思議な力をお持ちのようだ」
俺をジッと見つめる長老。
もしかして、俺の【ブラックホール】のことを言ってるんだろうか。
「魔法とも違う、スキルとも違う……あなたの力は、一体」
「いや、俺の【ブラックホール】はスキルなんですが……」
そういえば、単なるスキルじゃなく『究極スキル』って表示だったけど。
「マグナさんのスキルはすごいのです。なんでも吸いこんじゃうのです」
キャロルが言った。
「竜でさえ、一瞬で片付けちゃいましたし」
「ほう、竜種でさえも……」
長老が感嘆したように俺を見る。
「よろしければ、私にも見せていただけませんかな?」
その瞳がスッと細まった。
「ぜひ見てみたい」
「じゃあ、適当なものを吸いこんでみます」
といっても、何を吸いこめばいいだろう。
このスキルは細かいコントロールが難しいからな。
下手に使って、自然破壊をしてしまうわけにはいかない。
「では、あれはどうですかな?」
長老が背後を指さした。
地面に突き刺さった、高さ五メートルほどの鉄柱。
「大昔、里が戦乱に巻きこまれた際に撃ちこまれた魔法砲弾の残骸です。特殊な呪法がかけられているらしく、引き抜くことも撤去することもできず、邪魔になっていたのです」
と、長老。
ちょうど通りを塞ぐ格好になっていて、確かに邪魔そうだ。
「じゃあ、ちょっとやってみます……えっと、あの鉄柱だけを吸いこむことはできるか?」
俺は中空に呼びかけてみる。
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術者の設定変更意志を確認しました。
スキルの吸引対象を『術者が敵と認定した者』『術者や術者が仲間と認識した者に対する攻撃』及び『鉄柱』に変更します。
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しゅおんっ……!
俺が前方に展開した闇が、鉄柱を一瞬で吸いこんだ。
「よし、吸引対象を前の設定に戻してくれ」
もう一度中空に呼びかけて、作業終了。
「これは──」
長老が驚きの表情を浮かべた。
カッと目を見開き、汗をだらだら流している。
あ、あれ、どうしたんだろう……?
「なぜ人間がこんなレベルのスキルを……!」
「あの、長老さん……?」
俺の呼びかけにも、長老は答えず呆然としたまま。
「まさか、因果律の外にある力……か!?」
一体、なんの話だ?





