9 超魔獣兵迎撃戦3
SSSランク冒険者──『炎竜殺し』のヴルムさんが二本の剣を手に、巨大な魔獣と対峙していた。
超魔獣兵第九号『焔帝蜥蜴』。
その外見は、真紅の体をした巨大なトカゲだ。
「単なるデカブツというわけでもなさそうじゃの」
油断なく剣を構え、少しずつ間合いを詰めるヴルムさん。
「吹けば飛ぶようなジジイが! 消えろ!」
指揮官が叫んだ。
きゅいいいん。
サラマンダーボルケーノが甲高い鳴き声を上げる。
その口から猛烈な火炎が渦を巻いて飛び出した。
「火吹きトカゲか。ふむ」
ヴルムさんは双剣を十字に交差して振り下ろす。
ぞんっ!
大気が切り裂かれる、鋭い音。
生み出された真空の断層が、迫る火炎を弾き散らした。
ごうっ、と大爆発とともに周囲に猛烈な衝撃風が吹き荒れる。
「なっ……!?」
「ワシに飛び道具は効かんよ。たとえ第二階位竜クラスのドラゴンブレスでも封じてみせよう」
驚く指揮官に、老剣士はニヤリと笑った。
すごい──。
俺は息をのんだ。
ヴルムさんは七十歳を超えていると聞いてるけど、その戦闘能力は今も現役そのまま。
まさに達人の剣だった。
正直、応援なんていらないんじゃないか、って雰囲気だ。
だけど、実戦では何が起きるか分からない。
「シャーリー、俺も加勢に行く。天馬に乗せてくれ」
「──ごめんなさい。今の爆発で乱気流が発生して、天馬が上手く飛べないの」
シャーリーがすまなさそうな顔をした。
見れば、天馬騎士たちの騎乗するペガサスはいずれも激しくいなないている。
「この状況で飛翔するのは危険よ」
ヴルムさんの真空断層とサラマンダーの火炎のぶつかり合いで発生した突風のせいか……。
「じゃあ、走っていく。シャーリーたちは捕縛した帝国兵を見張っててくれ」
言うなり、俺は駆けだした。
ヴルムさんたちの戦場に向かって。
敵までの距離は一キロあまりだろうか。
とにかく【ブラックホール】の有効射程距離まで近づかなければ──。
※
ヴルムは双剣を手に、油断なく近づいていく。
敵の魔獣は名前の通り火蜥蜴をベースに改造された魔導兵器だろう。
主武器はおそらく、先ほどの火炎。
だが、斬撃で真空の断層を作り出せるヴルムには通じない。
(他に警戒すべきは肉弾攻撃か。脚の威力は低そうだが、尾や巨体を利した体当たり、押しつぶしあたりじゃな……)
敵のあらゆる攻撃を想定し、それに対する反撃や防御を何通りにもシミュレーションする。
「ブリジット嬢、援護射撃は任せるぞ」
「了解」
背後に声をかけると、『魔弾の射手』の異名を持つ美少女がクールに答えた。
「自分の仕事はわきまえている」
「うむ」
それだけ聞けば十分だった。
細かい打ち合わせなど不要。
彼女もまた最上位冒険者だ。
状況に合わせて、最適の援護をしてくれるはずだった。
ならば後は──、
「一気に詰めるのみ」
ヴルムは地を蹴り、駆けだした。
「ひゅうっ……ふはっ」
細く、長く、鋭く呼気を吐き出す。
気功武闘法。
東部大陸に伝わる古流格闘術だ。
独特の呼吸によって体内で『気』を練り上げ、瞬間的に身体能力を爆発的に加速させる──。
たちまちヴルムの動きは、残像を生み出すほどの超速へと達した。
サラマンダーがまたも火炎を放つが、それも真空の断層で防御。
さらに繰り出された尾の一撃は岩壁を蹴って十メートル以上も跳躍し、鮮やかにかわしてみせる。
達人級の剣術と、気功によって増幅された超人的な身体能力。
その組み合わせこそ『炎竜殺し』ヴルムの真骨頂──。
「ちいっ、撃ちまくれ、サラマンダー!」
指揮官が焦ったように叫んだ。
魔獣が巨大な火球を連続して撃ち出す。
威力ではなく手数で勝負することに切り替えたようだ。
「判断が遅いのう」
最初からそう来られたら、もう少し苦戦したかもしれない。
だが、これだけ距離を詰めれば、もはや関係ない。
ヴルムはさらに加速した。
その疾走速度は人というよりも、まるで野生の獣。
みるみるうちに、サラマンダーに肉薄する。
「炎が駄目なら、直接叩き潰せ!」
指揮官の指示とともに、魔獣が長大な尾をしならせ、打ちかかった。
尾の先端が音速を超え、衝撃波をまき散らしながら迫る。
「させない」
凛とした声とともに、背後から百を超える矢が飛来した。
並の弓術士の常識をはるかに超えた、すさまじい連射能力。
それらがサラマンダーの顔を、胸を、尾を、次々と射抜き、巨体をたじろがせる。
「ブリジット嬢、援護に感謝する」
「当然の仕事だ」
紫色のツインテールの先端部を、ぴん、と弾いて答えるブリジット。
「では、仕上げといこうかの」
ヴルムは地を蹴り、跳び上がった。
「ちぇすとぉっ!」
気合一閃、X字に振り下ろした二本の剣が、サラマンダーの喉元を深々と切り裂く。
ず……ん!
大量の鮮血を吹き出し、魔獣は倒れ伏した。





