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17 魔王エストラーム3

 俺は魔王に右手を突き出す。


 しゅおんっ……!


 そこから放たれる吸引力が奴を捕らえ──。


 その姿が歪んで、消えた。


「なんだ……!?」

「幻影なのです!」


 キャロルが叫んだ。


「匂いがしませんでした……本体は、向こうなのです」


 と、右側を指差す。


 そうか、彼女なら魔王の匂いを追って、その場所を察知できる。

 俺はそっちに向かって【ブラックホール】を構え──、


 しゅおんっ……!


 ヴン……!


 しかし、エストラームの瞬間移動の方がわずかに速い。

 捕捉できない。


「限定的なスキルでこのエストラームを捕らえようというのか? 舐めるな!」


 魔王の手から炎が、雷が、次々に飛んでくる。


 いずれも伝説の最上級呪文──『メガ級呪文』だ。

 メガファイアが大地を焼き払い、メガサンダーが大気を爆裂させる。


 すさまじい爆風が吹き荒れた。

 大地が激しく揺れる。


「ここは私が!」


 エルザが盾を前に構えた。

 発生した防御フィールドが衝撃波を弾き返す。


 ……まあ、【ブラックホール】を使っても衝撃波を吸いこんで防げるんだけど、せっかくだから彼女にも力を貸してもらおう。


「……どうせ、私はこれくらいのことしかできないわよ……どうせどうせ」

「わわわ、そ、そんなことないって! エルザがいて助かってる!」

「落ちこまないで、なのです。エルザさん~」


 ネガティブモードになりかけたエルザを、俺とキャロルが慌てて慰める。


「……なんてね。ごめん。私じゃあまり役に立てないと思う。だから、後はあなたに任せるわ」


 エルザが振り向いて笑った。

 いきなり顔を寄せて、俺の頬にチュッとキスをする。


「がんばれ、マグナ」

「──あ、ああ」


 さすがに今のキスにはちょっと驚いたけど。

 でも、おかげで力が湧いてきた。


 同時に──奴を抑えるためのイメージも。


「いくぞ、【ブラックホール】」


 俺はスキルに呼びかける。


 これが──最後の攻防だ!


「無駄だ。限定的なスキルでは、私は捕らえられん」


 最上級攻撃魔法を連打しつつ、高速移動呪文で飛び回る魔王。

 と──、


「な、何……!? 呪文が発動しない──」


 魔王が放った炎や雷は中空で消え失せる。

 目にも留まらぬ速さで移動していた魔王が、突然普通の移動速度に戻る。


「なんだ……何が起きているのだ、これは──私が魔法を失敗するなど、あり得ぬ……」

「俺の【ブラックホール】はすべてを吸いこむ能力だ」


 驚く魔王に、俺は静かに言い放った。


「そう、すべてを──お前が発動した呪文の効果さえも、すべてを吸いこむ」

「ば、馬鹿な、そんなものまで吸いこめる……だと……!?」

「俺の前方に展開するものだけ、という限定条件はつくけどな。でも、それで十分だ。お前のすべての魔法効果を吸い取るから、高速移動はもうできない。生身のお前になら十分追いつける」


 俺は魔王との距離を詰め、右手を突き付けた。


 正確には、そこに展開する【ブラックホール】を。


 後は、俺の意思一つで奴を吸いこむことができる。


「これで詰みだ、魔王」

「……私を殺すか? 人間よ」


 金色のフードの下で、魔王が険しい表情を浮かべた。


「いや、殺さない」


 俺は首を左右に振り、


「それより……二度と人間界に攻めてこないと誓ってくれ」


 エストラームを説き伏せることにした。


「何?」

「できないなら、このまま吸いこむ。この世界でさらに吸引されたら、お前がどうなるのかは保証しない」


 ちょっと脅し気味に言ってみた。


「私などいつでも殺せる、か」


 エストラームが苦笑した。


「魔王相手にここまでの余裕を見せた人間は、おそらく有史以来一人もおるまい。そしてこの先も……」

「俺は別に勝ち誇りたいわけじゃない。ただ平和に暮らしたいだけだ」


 そう、それは今までもこれからも同じこと。


 無敵のスキル【ブラックホール】を身に着けて……俺が望んだのは最強になることじゃない。


 毎日を穏やかに、楽しく暮らせれば、それでいいんだ。


「……私の、負けか」


 エストラームは小さく息をついた。

 お、けっこう潔い感じだぞ。


「魔王として敗北を認めよう。その代わり、君も魔界に攻めこまないと誓えるか」

「俺は侵略者じゃない。そんなことはしない」

「ならば私は退こう。魔王の座も、な。後任はハジャス辺りにするか……」


 最後は独り言を交えつつ、エストラームが背を向けた。


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