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16 魔王エストラーム2

 俺はキャロル、エルザとともに【ブラックホール】内部──『虚空の領域(ウォルドゥーム)』に降り立った。

 六層あるうちの最初の世界──第一層だ。


「ここに魔王がいるのか……?」

「強烈な魔の気配が漂ってくるわね」

「感知できるのか、エルザ」

「いちおう勇者だし」


 ふふん、と鼻を鳴らすエルザ。


「じゃあ、案内してくれ。この世界で決着をつけてやる」

「えっ、案内?」


 なぜか表情をこわばらせるエルザ。


「あれ? 場所を感知できるんじゃ……」

「そ、それは……その、できるといえばできるし、詳しい場所までは分からないというか、なんというか……」


 ……つまり、漠然と『この世界のどこかに魔王がいる』って分かるだけか。


「うう……悪かったわね、役に立てなくて」

「い、いや、責めてるわけじゃ……あ、ほら、どこかに魔王がいるって分かっただけでも前進というか」

「そ、そうなのです。エルザさんは偉いのです」


 俺はキャロルと一緒になって懸命にフォローする。

 と、


「あら、どうしたのですか、王よ」


 目の前の空間が揺らぎ、狐耳の美少女が現れた。


 この世界の管理者──『虚空の焔(ドゥームフレア)』。

 ものものしい名前なので、俺は彼女をフレアと呼んでいた。


 ちょうどいい。

 彼女なら、魔王の行方を知っているかもしれない。


「実は──」


 俺はフレアに事情をかいつまんで説明した。


「私の方でも、魔王の存在は関知しています、王よ」


 と、フレア。


「ですが、ちょうどお昼寝タイムだったし、面倒なので後回しに……いえ、王の許可なく勝手なことはするまい、とあえて放置していたのです」


 いや、『昼寝で面倒だった』って言ってるようなもんだろ。


「では、案内しましょうか」


 俺の内心のツッコミを無視するように、フレアがキリッとした顔で言った。


「案内?」

「魔王は、第六層にいます」




 第六層──この世界の最下層だ。


 俺たちはフレアの力で、そこまで一気に移動した。

 牧歌的な風景を、俺たち四人は進んでいた。


「それにしても……【ブラックホール】で吸いこんでも、内部で暴れまわろうとするなんてな……」


 俺はため息をついた。


 今までの敵とは一味違う。

 さすがは魔王だ。


「感心してる場合じゃないでしょ。いくら無敵の【ブラックホール】っていっても、スキル内部に侵入されて大丈夫なの?」


 エルザがたずねる。


「確か、この世界では【ブラックホール】のスキルを使えないって言ってた気がするのです。今のそうなのです?」


 と、キャロルもたずねた。


「それは──」


 確かに、【ブラックホール】の内部であるこの世界では【ブラックホール】は使えない。

 ただしフレアの権限で限定的なスキルなら使えるが……。

 と、


「来たか、マグナ・クラウド」


 俺の前に金色のローブをまとった魔族が出現する。

 魔王エストラームだ。


「【ブラックホール】に吸いこまれても自由に動けるのか」

「私はこれでも魔王だ。魔導を極めた存在だ。それくらいの真似はできるさ」


 笑う魔王。


「そして、この世界では君は自在にスキルを扱えまい。ならば、いかに君が運命超越者といえど、私にも勝機がある」

「……くっ」


 俺は唇をかみしめた。


「フレア、スキルの使用は可能か?」

「限定的なものであれば」


 答えるフレア。


「じゃあ、やっぱり完全版の【ブラックホール】は使えないのか」

「ここはスキルの内部ですからね。スキル効果をそのまま発揮することはできないんです」


 と、フレア。


「以前の特訓のときのように、わたくしの管理者権限において限定的な【ブラックホール】を貸与します。その力でもって魔王を封じてください」


 やれやれ……だ。

 よりによって最強の敵を相手に、ハンデを背負って戦うことになるとは。


「いくぞ、マグナ・クラウド」


 魔王が杖を振り上げた。


 炎が、雷が、次々と降り注ぐ。

 おそらくは一発一発が、都市一つを吹っ飛ばすほどの威力だろう。


 俺は右手を前に突き出した。

 黒い魔法陣が出現する。


 フレアから借りた【限定版・ブラックホール】だ。


 こいつは普段のそれとは違い、前方にしか吸引力を発揮しない。

 左右や後方、上下など異なる方向に関しては無防備である。


「吸いこめ──」

「無駄だ」


 俺は魔王を吸いこもうとしたが、奴は飛翔魔法や移動魔法などで巧みに位置を変え、決してスキル効果範囲内に入ってこない。


 さすがに、戦い慣れている。

 さすがは、魔王──。


「マグナさん……」

「マグナ……」


 キャロルとエルザが心配そうに俺を見る。


「大丈夫」


 俺はにっこりとうなずいてみせた。


「思い出すんだ、フレアに教わったことを──」


 スキルの声を、聞く。


 それが、彼女との特訓で会得した極意。


 たとえ相手が魔王といえど──。

 たとえ限定的にしかスキルを使えなくても。


【ブラックホール】の力を効率的に発揮すれば、敵じゃない。


 信じろ、自分のスキルを。


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