15 変転2
「ルネ……!?」
俺は呆然と魔族の剣士を見つめた。
「お前、どうして──」
まだ混乱気味の頭の中を整理する。
【虚空の領域】内では、基本的に【ブラックホール】のスキルが使えない。
ただし、この世界の管理者である【虚空の焔】──フレアによって限定的なスキルを付与されたことで、俺は【ブラックホール】の一部を使用することができていた。
だが、ラグディアの攻撃によってフレアがダメージを受け、その限定スキルすら使用不能になってしまった。
今の俺は、丸腰同然だ。
俺自身の戦闘能力は底辺冒険者時代となんら変わりがない。
帝国の改造兵士であるラグディアとまともに戦えば、間違いなく瞬殺されるだろう。
事実、奴が繰り出した触手を前に、俺は反応することさえできなかった。
先端が刃のように尖った三本の触手が眼前に迫り──。
それを斬り払い、俺を助けてくれたのがルネだった。
だけど、一体なぜなんだ……?
「無事か、マグナ?」
驚く俺に、ルネは軽く笑い、ラグディアに向き直った。
「あれ、どうして邪魔をするのかな?」
わずかに眉根を寄せるラグディア。
「勘違いするな。こいつを倒すのは俺だからだ」
ルネは大剣を、ぶんっ、と振って言い放った。
「うわー、ベタベタな台詞だね」
ラグディアが笑いながら肩をすくめた。
「だいたい、君だって彼を倒したいんでしょ?」
「スキルを失ったこいつを倒しても仕方ないだろ。俺が最強を目指すためには、こいつのスキルを打ち破らなきゃならないんだ」
ルネが言い放つ。
「あれ? さっきは限定的なスキルしか使えない彼と戦ったじゃないか。それはOKなの?」
「試しただけだ。一度や二度の挑戦で勝てるとは思ってない」
ラグディアのツッコミにも動じないルネ。
「元の世界に戻り、完全な状態のこいつに勝つ──乗り越える。それでこそ、俺が行く道は拓かれる」
光が弾け、ルネの全身を黒い鎧が包みこんだ。
さらにフルフェイスの兜をかぶる。
魔族『闇の剣士』としての完全装備か。
ラグディアを相手に戦闘態勢である。
この二人は味方同士じゃなかったのか。
俺の混乱はまだ収まらない。
ただ──だまし討ちとかじゃないのは、確かだと思う。
そもそも、だまし討ちなんてしなくても、ラグディアが俺を殺すことなんて造作もない。
「へえ、本気で僕とやろうっていうんだ?」
「マグナを殺すつもりなら、な」
と、ルネ。
「ここは退け、ラグディア。こいつは、俺がいつかもっと力を磨いて──必ず倒す」
「君個人は気に入っているけど、皇帝陛下の命令に背くわけにはいかないよ」
「だったら、全力で殺しに来い。俺は全力で妨害する」
ルネが大剣を構え直した。
上段から中段、巨大な切っ先を突き出すような構えに。
「君の得意技──『捨て身の突進』からの封神斬術連撃か。だけど、僕に通じるかな?」
ラグディアが笑った。
「君との訓練で、封神斬術の手の内も把握しているよ」
「そうかい。だけど!」
ルネは地を蹴り、突進した。
速い!
俺の目には、ほとんど黒い軌跡としか映らない。
やはりルネは超一流の剣士だ。
俺を守ろうとしてくれているのは、本当に頼もしい。
たとえ、今だけの話だとしても。
「へえ、今までより速いね!」
ラグディアが感嘆の声とともにバックステップした。
「余裕ぶってんじゃねーよ!」
ルネはさらに加速し、大剣を縦横に振り回す。
長剣でそれをいなすラグディア。
がぎん、と鈍い音がして、中年兵士の剣が折れ飛んだ。
「あらら……得物がなくなっちゃったよ」
刀身が半分になった剣を、ラグディアは苦笑交じりに放り捨てた。
「俺は戦うたびに強くなる。そんな鈍い反応で俺の攻撃に対応できると思うなよ」
「なら、僕も──実戦を経てもっと強くなるまでさ!」
ラグディアの背から伸びる触手が、激しく揺らめいた。
先ほど切断された部分が盛り上がり、あっという間に再生する。
「上等だ! いくぜ!」
「来なよ。叩きのめしてあげるから」
闇の剣士と改造兵士の戦いが再開された。
俺には割って入れない、超絶の戦いが。





