14 変転1
「では、帰還のための門を開きます」
フレアが言った。
「この【虚空の領域】から出る方法は、大きく分けて二つです。一つは各層に設置された、外界との出入り口に行くこと。そしてもう一つは、この世界の管理者たるわたくしが門を開くこと」
今回は後者というわけだ。
ちなみに、初めてこの世界に迷いこんだときは第一層の虚空城を目指してキャロルやエルザと旅をしたんだっけ……。
「先にこの二人を元の場所に戻しましょう。その後で、王にはこの層の中心部──【虚空宮】まで来てもらいます」
「虚空宮……?」
「第三層の【王の証】をお渡ししたいので」
ブラックホールの内部世界【虚空の領域】は六つの層に分かれている。
各層の中心部には【王の証】というものがあり、六つ全部を手に入れたとき、俺はスキルのすべてを解放する──。
以前に、俺はフレアからそう説明を受けていた。
すでに第一層と第二層の【王の証】は手に入れているから、今回はこの世界──第三層の【王の証】を手に入れればいいわけか。
「分かった。じゃあ、ルネたちを戻してくれ」
俺はフレアに言った。
「承知しました。門を開きますね」
彼女が手をかざす。
狐耳が、ぴょこん、と可愛らしく揺れた。
その様子が、外界にいるであろうキャロルを連想させた。
キャロルやエルザのところに早く戻らないと──。
郷愁にも似た気持ちがこみ上げる。
「きゃ……ぁっ……!?」
突然、悲鳴交じりの苦鳴が響いた。
俺のすぐ側で。
肉を貫かれる音。
同時に、視界が赤く染まった。
「えっ……!?」
あまりにも唐突な出来事に、思考が一瞬停止する。
フレアが、血を吐きながら倒れる。
ふくよかな胸元に血の染みが広がっていく──。
「何が……起きたんだ……!?」
呆然と周囲を見回す。
視界に飛びこんできたのは、長大な触手。
それは、ラグディアの背中から生えていた。
「帰り道さえ作ってもらえれば、もう用済みだね」
ラグディアが笑う。
楽しげに、笑う。
「なんとなくだけど、分かるんだ。僕にもEXスキルが身についたから」
触手の先端部から血が滴っていた。
さっきフレアを貫いたのは、奴の触手なのか……!
「EXスキルには『管理者』という疑似人格が宿る。そいつは文字通りスキルを管理し、そいつを傷つければスキルにも影響が出る」
「何……を……?」
「スキル内世界に入れたおかげで、『管理者』を攻撃できるチャンスが生まれたんだ。本来なら、僕のスキルをもってしても、君にはとても敵わない。だけど、ここでなら──」
ラグディアの背中から生えた三本の触手が、まるで槍のように襲いかかる。
「くっ……!」
俺は慌てて【ブラックホール】を前面に展開した。
本来のスキルではなく、フレアが与えた限定的なスキルである。
黒い魔法陣を思わせる円が触手を吸いこみ──、
ばぢぃっ!
耳障りな音とともに、【ブラックホール】が弾け散った。
「何……!?」
「言ったでしょ。『管理者』を傷つければ、スキルにも影響が出る、って」
ラグディアが勝ち誇る。
「元の世界では、僕は君に勝てない。【ブラックホール】はあまりにも圧倒的すぎる。だけどこの世界で、このシチュエーションなら勝機はある」
揺らめく触手が、ゆっくりと近づいてきた。
「ただでさえパワーダウンした限定スキルの上に、今は『管理者』がダメージを受けている。今の君のスキルは、本来のものとは比べ物にならないほど弱い。だから」
ラグディアが、にいっ、と笑う。
「今なら、殺せる。ルネくんと君の戦いを見て、その辺をじっくり観察させてもらったよ」
俺を守るスキルは、すでにない。
どうする──!?
「悪いけど皇帝陛下の命令なんだ。君には消えてもらう!」
ラグディアの触手が一気にスピードアップして、俺を襲った。
俺には防ぐすべがない。
三方向から迫る触手を、俺は呆然と見つめる。
次の瞬間、三本の触手の先端部が次々と斬り飛ばされた。
「えっ……!?」
「どういうつもりかな……?」
驚く俺と、訝しむラグディア。
俺を守るようにして、大剣を構えたルネが立っていた。





