13 帰還へ
俺は魔族ルネの挑戦を退け、勝利することができた。
理想的な形での無力化、といってもいい。
俺は満足してフレアの方を向いた。
「俺の訓練はこれでいったん終わりにする。元の世界に戻してくれ、フレア」
「あなたの納得できる能力は得られましたか、王よ?」
狐耳の美女──フレアがほほ笑む。
「完全じゃないかもしれないけど、な。これなら帝国兵を相手にしても、上手く殺さずに無力化できそうだ」
フレアとの訓練を通して会得した、ブラックホールのスキル内容設定。
吸引の対象や種類などを細かく決められるようになったのは、本当に大きい。
今後の実戦では、無差別に吸いこまなくて済むからな。
「後の懸念は、向こうに戻ったときの時間経過か……」
元の世界に戻る際、この世界に来た直後の時間にきちんと戻せるかどうかは分からない──訓練前に、俺はそう説明を受けていた。
多少の時間のズレはあるかもしれない、と。
もしかしたら、すでにキャロルたちは帝国に向かって出発しているかもしれない。
「あ、お前たちもだな。元の世界に戻すよ」
俺はルネとラグディアに向き直った。
……といっても、魔族と帝国兵なんだよな。
どう対処すべきだろうか。
ルネの方は、やっぱり邪悪な存在には見えなかった。
魔族というと邪悪な眷属のイメージが強いけど、彼は己を鍛えることだけを目指す求道者みたいな感じだ。
「フレア、彼らを元の場所に戻せるか?」
かたわらにいる狐耳の美女にたずねる。
と、いうか──。
そもそも、なぜ二人はこの世界に現れたんだろう。
「……おそらく、そちらの方が原因でしょう」
俺の内心の疑問を読み取ったように、フレアが告げる。
彼女が指し示したのは、中年兵士ラグディアだ。
「どういうことだ?」
「王よ、彼はあなたと同じ『運命超越者』……ただし、あなたとは違って、あくまでも片鱗を宿すのみのようですが」
「俺と、同じ……?」
「因果を操るとか、超越するとか──皇帝陛下はなんだか小難しい説明をしていたね、確か」
ラグディアが言った。
「といっても、まだまだ訓練中なんだ。僕の力が完全になったなら──あるいは、君にも対抗できるかもしれない」
ゾクリと背筋が粟立った。
飄々としたこの男から、殺気が膨れ上がるのを感じたのだ。
「あるいは、君をも凌駕するかもしれない」
「……!」
「──なんてね」
すぐに、その殺気は消えた。
冗談、ということか。
だけど、それにしては異様なほどのプレッシャーだった。
なんとも得体の知れない男である。
「二人の『運命超越者』の力がなんらかの干渉を起こし、彼をここに引き寄せたのでしょう。魔族の方がこの世界に来たのは、おそらく彼のすぐ側にいたのではないかと……」
「確かに、俺はラグディアとの訓練中だった。要は、巻きこまれたってわけか?」
と、ルネ。
「とんだとばっちりだね」
「笑いながら言うな。お前のせいってことじゃねーか」
「あはは、ごめんね」
にらむルネに笑って答えるラグディア。
「まあ、なんとなくは分かった。で、最初の質問に戻るけど」
俺はフレアに向き直った。
「二人を元の世界に戻すことはできるのか?」
「彼らがやって来た場所に帰すことは可能です。ただし、王が帰還するときと同じく、時間を完全に調整することはできません」
と、フレア。
「つまり、この世界に来た直後の時間に戻れるかどうかは分からない、ってことだな」
「はい」
「聞いたとおりだけど……いいかな?」
「ここにずっといるわけにもいかないしな」
ルネが言った。
「ま、もう少しお前を相手に戦ってみたい気もするが──」
ぎらり、と眼光鋭く俺を見据える。
俺に完敗した後でも、その闘志はまったく衰えないようだ。
やはり生粋の戦士、という感じだった。
「とりあえずは元の世界で修業を積むさ。力を磨いて、いずれお前に再挑戦する」
「……殺し合いは、できれば勘弁してもらいたいけどな」
苦笑する俺。
「ラグディアも……それでいいか?」
敵とはいえ、ここに閉じこめっ放しというのは本意じゃない。
「そうしてもらえるとありがたいかな。よろしく頼むよ」
ラグディアが友好的な笑みを浮かべた。
いずれ敵として出会えば、戦うことになるだろう。
そのときは殺すのではなく、無力化して勝つ──。





