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12 刹那の決着

 ルネは両手を掲げたまま、マグナと正対した。


 次の瞬間には、彼のスキルの変形形態──『反転』が来るだろう。

 それを受ければ、なすすべもなく吹き飛ばされてしまう。


 だが、ルネは気づいていた。


 マグナのスキル【ブラックホール】の発動にはほんのわずかなタイムラグがあることを。

 それはまさしく刹那のタイミング。


 だが、その瞬間に攻撃を叩きこめば──。


「万に一つ、勝機はある! ひゅぅぅぅっ……!」


 ルネは細く長い呼吸をしながら、両腕を振り下ろした。


 身体能力を一時的に倍加させるという気功武闘法(きこうぶとうほう)

 かつて戦ったSSSランク冒険者ヴルムが使う技を、ルネなりに見取り、再現したものだ。


 本家には劣るかもしれないが、それでもルネの両腕の速度は普段よりもはるかに加速していた。


 その腕の軌道に合わせ、空気が断ち切られ、大気の刃となって放たれる。

 いわゆるカマイタチだ。


 刃の数は、二本。

 これもヴルムが操る二刀流を自分なりにアレンジしたもの。


「こいつが受けられるか、マグナ・クラウド!」


 ルネは吠えた。

 吠えつつ、全身をたわめた。


「はあっ!」


 地を蹴り、カマイタチの後を追うように突進する。


 かつて七人の勇者と戦い、追い詰められた際に身に着けた『捨て身の突進』だ。

 ルネにとって最速の移動法。

 その速度を全開にし、カマイタチの後ろについて疾走する。


 今まで戦い、培ってきた技を惜しみなくぶつけ、無敵の【ブラックホール】を攻略する──。

 ルネの瞳が爛々と輝く。


 しゅおんっ……!


 カマイタチが【ブラックホール】に吸いこまれた。

 あっさりと、跡形もなく。


 想定通りだ。


 やはり、どんな攻撃だろうと彼のスキルには通じない。

 すべて吸引されてしまう。


「だけど、タイムラグがあるよな! お前のスキルには!」


 連続で吸引する際、最初のものを吸いこんだ後、次のものを吸いこむまでにかかる、わずかな時間。

 その時間でマグナとの距離を詰め、スキル発動前に攻撃を叩きこんでやる!


「おおおおおおおおおおおおっ!」


 ルネは走った。


 すべての力を出し尽くして。


 そこに敵意はない。

 殺意もない。


 ただ、純粋な闘志があった。


 ただ、強くなりたいという意思があった。


「今こそお前を──『最強』を超える時だ!」


 ルネはついにマグナに肉薄し、そして──。


    ※



 ルネの突進は、まさしく目にも留まらぬ速度だった。

 黒い軌跡が迫る。


 俺は反応できない。

 ただ、すさまじい闘気が近づいてくる感覚が肌に伝わった。


 もしも【ブラックホール】がなかったら、俺なんて瞬殺されていただろう。


 圧倒的な威圧感。

 圧倒的な存在感。

 だけど──、


「くっ……!?」


 苦鳴にも似た声とともに、ルネは大きく吹き飛ばされた。

 俺の【ブラックホール】に設定された『反転』によって。


「ちっ、タイムラグを狙ったっていうのに、これでも駄目か」


 ルネは舌打ちした。


「タイムラグ?」

「気づいてなかったのかよ。お前のスキルは対象を吸引した後、別のものを吸いこむまでに時間差が生じるんだ。それこそ刹那の瞬間だが、な」


 と、ルネ。


 そうなのか。

 俺は全く気づかなかった……。


「お前のスキルは何度か見せてもらったからな。嫌でも気づくさ」

「いや、そんなわずかな隙を見つけるなんて、すごいだろ」


 俺は純粋に感心した。


「すごくねーよ。結局、その隙を突いたつもりでも、まだ速度が足りなかった。だから吹っ飛ばされた……あー、ちくしょう」


 ルネが悔しげに天を仰いだ。


「生半可なスピードじゃお前の隙は突けない。いや、そのタイムラグの間に攻撃できる奴なんて存在しないのかもしれない」


 ため息をつくルネ。


「殺すか殺されるかの覚悟で挑んだってのに──終わってみれば、えらく気を遣われた負け方だ」


 相手を無力化するだけにとどめたスキル設定が、彼のプライドを傷つけてしまったんだろうか。

 うーん……けど、殺すよりはずっといいよな。


「何を申し訳なさそうな顔してるんだよ。お前は勝ったんだ。もっと勝者らしい顔をしろ」


 ルネがふんと鼻を鳴らす。


「ルネ……?」

「まあ、そうでなくちゃな。俺はまだまだ強くなる。戦うたびに、もっと──限界をはるかに超えて」


 ルネの瞳は爛々と輝いていた。

 敗北したことで、より闘志が燃え上がったのか。


「腕を磨いて、また挑むさ。力も、速さも。いずれお前を超えて、真の最強になるために」

「……殺し合いは勘弁してほしいな」


 俺は苦笑した。


「なら、お前がやったように、俺もお前を殺さずに制圧してやるよ」


 ルネがニヤリと笑う。


「そのときは、お前が負けを認めろ。今日は──俺の負けだ」


 魔族ではあるけれど。


 彼の笑顔には、なぜか邪悪な雰囲気は感じなかった。


 やけに爽やかで、清々しい笑顔だった。

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