3 瞬殺と治癒と
俺は泳ぎながら、巨大イカに近づいていく。
まだ数百メートルくらいの距離があった。
うーん……もうちょっと長い射程距離が欲しいなぁ。
内心でボヤきつつ、俺はひたすらクロール。
前方では天馬騎士たちが魔法弾を散発的に撃ってるけど、イカには全然効いてないようだ。
ヌメヌメとした体表が魔力エネルギーを全部受け流してしまっている。
かといって接近戦を仕掛ければ、触手で跳ね飛ばされる。
さすがの天馬騎士たちも攻めあぐねているらしい。
もう少し持ちこたえてくれよ。
俺が射程内まで近づけば、一瞬で終わるから──。
奮闘するシャーリーたちに心の中で呼びかける。
と、イカがこっちに気づいたのか、触手を一本繰り出してきた。
よし、いいぞ。
【ブラックホール】の吸引対象は『術者が敵と認定した者』と『術者や術者が仲間と認識した者に対する攻撃』に設定してある。
今回みたいな触手攻撃はどっちに含まれるんだろう?
まあ、どっちかには認定されるはずだ。
その思惑通り、触手の先端が俺から100メートル内の射程圏内に入ったとたん、
しゅおんっ……!
触手が引っ張られ、そのままイカ本体もまとめて【ブラックホール】の闇の中に吸いこんでしまった。
討伐、完了。
なるほど、体の一部でも射程内に入れば、全部吸いこめるんだな。
ぴろりーん。
スキルレベルアップを示す祝福音がどこからともなく聞こえた。
────────────────────
スキルレベルアップ。
究極スキル【虚空の封環】がLV7になりました。
有効射程距離が100メートルから500メートルに上がりました。
────────────────────
レベル1から2に上がったときは【素材回収モード】が追加されたけど、その後のクエストでレベルが6まで上がっても、特に追加されたスキル効果はなかった。
ここへきて、射程アップか。
これは嬉しい。
「マグナくん、まさか今のって……君がやったの?」
上空からシャーリーが天馬に乗って降りてきた。
「ああ、俺のスキルで吸いこんだ」
「……すごいね」
驚き、というより呆然とした表情のシャーリー。
「こんなことなら、最初から君に要請すべきだったかな……自分たちの力を過信して、恥ずかしいかぎりよ」
うなだれている。
「まあ、結果的に死者を出さずに討伐できたし。それに、ほら、観光客の避難を手早くやってくれたし」
フォローしておいた。
「……ありがと」
シャーリーが微笑む。
「……うう、斬りそこなったのが悔しい。もっと強くなって、今度こそあのレベルのモンスターでも斬る斬る斬る斬るしなきゃ……もっと鍛えなきゃ……!」
最後の物騒なつぶやきは聞かなかったことにしておこう。
「海岸まで戻るでしょ? あたしの天馬に乗って、マグナくん」
「えっ、いいのか」
「せめて、それくらいはさせてほしいの」
言って、シャーリーは海面すれすれまで天馬を降下させた。
差し出された手につかまり、俺はシャーリーの後ろに座る。
これが天馬の背か。
「じゃあ、上昇するね。落ちないように、あたしの腰につかまって」
「あ、ああ」
指示通り、俺は彼女の腰に手を回す。
ほっそりとした腰だった。
彼女の長い緑色の髪が風ではためき、俺の頬をくすぐる。
なんだか、いい匂いがした。
シャーリーの香りだ。
「……ち、ちょっと、これ、恥ずかしいね」
照れくさそうにつぶやくシャーリー。
「そ、そうだな」
「ごめんね。ちょっとだけ我慢して」
「いや、謝るようなことは、別に」
「そ、そうね、あたしが勝手に照れてるだけだね……えへへ」
まあ、俺も照れてるけど。
妙にぎこちない会話をしながら、俺たちは天馬で海岸まで戻った。
「あ、お帰りなさい、なのです」
「いつも通りの瞬殺だったわね」
キャロルとエルザが出迎えてくれた。
シャーリーの配下だという天馬騎士たちも戻ってきた。
何人かは巨大イカの触手にやられ、打撲傷を負っているようだ。
鎧が壊れ、肌から血がにじんでいるのが見えた。
「みなさん、怪我してるのです。よろしければ、あたしが治します」
キャロルが進み出た。
そういえば、普段のクエストでは俺が【ブラックホール】で瞬殺するか、エルザがときどき『盾』の練習をするくらいで、怪我らしい怪我はしたことがないんだよな。
だから、キャロルの治癒能力を目にするのはこれが初めてだ。
彼女は『九尾の狐』の眷属ということだった。
といっても、一族全員に九本の尻尾があるわけじゃなく、大半は数本──キャロルみたいに一本のみ、という狐獣人もたくさんいるそうだ。
ちなみに尾の数が多いほど、能力が高いらしい。
「ではいきますよー、『治癒の輝き』!」
キャロルが呪言を唱えた。
ポウッ……と淡い光が尻尾の先端に灯った。
その輝きがまるでホタルのように漂いながら、天馬騎士たちの傷口まで移動する。
「おお、治った!」
「これが狐獣人の力か!」
天馬騎士たちは驚きと喜びの声を上げた。
「えへへ、これくらいしか特技がないですけど」
「いや、十分すごいだろ」
「やるじゃない……もふもふ」
エルザがどさくさまぎれに、彼女の狐耳をもふもふしていた。
むむ、ならば俺も!
「もふもふもふ」
「気持ちいいわね、もふぅ」
「きゃんっ、ふ、二人とも不意打ちもふもふは駄目なのです……きゃあん」
キャロルがくすぐったそうに体をくねらせた。
3000ポイントを超えていました。読んでくださった方、ブクマ評価してくださった方、ありがとうございます。嬉しいですヾ(*´∀`*)ノ





