5 今、真の勇者の道へ1
敵の持つ魔剣──『白光の魔王剣』の能力は二つ。
一つは中距離からの雷撃攻撃。
これはアイラの『アスカロン』の数倍以上の火力である。
あるいは最強の熾天使級奇蹟兵装に匹敵するかもしれない。
そして、もう一つは魔族兵を強化すること。
最初から発動しなかったところを見ると、おそらくは一時的な効果なのだろう。
とはいえ、持続時間が不明な以上、時間切れで魔族兵の強化が解ける──というのを期待するわけにはいかない。
「より近い間合いで、接近戦に持ちこむ──おそらく勝機はそこにしかないわね」
アイラは自らに言い聞かせながら、ゆっくりと歩みを進める。
正面からの撃ち合いでは勝ち目はない。
火力では向こうが上だし、おまけに魔族兵たちの援護射撃もある。
四天聖剣のセルジュでさえ押し負けたというのに、自分の力ではとても凌げないだろう。
なんとしても、超魔戦刃たちとの距離を詰めるしかない。
「ふん、近づけば勝てるとでも?」
ランブルが嘲笑した。
「ならば、試してみるとよろしいですわ」
ラシーダが艶然と笑う。
そして、二体は剣を地面に突き立てた。
攻撃しないから近づいてこい──という挑発だろうか。
「……わざわざ自分たちに不利な距離で戦うつもり? 舐められたものね」
言いつつ、アイラはさらに距離を詰める。
何かの罠なのか、他に理由があるのか。
どちらにせよ、撃ち合いを挑むよりはマシだ。
そして──互いの距離が五メートルまで縮まる。
すでに、雷撃ではなく剣の間合いだ。
「この距離なら──」
アイラは地を蹴り、突進した。
狙いはランブルである。
相手のたたずまいを見るかぎり、二体の超魔戦刃は特別な戦闘訓練は受けていないようだ。
ならば──戦闘技術に関して、勇者養成機関をトップの成績で卒業したアイラの敵ではない。
「ほう、さすがに速いねぇ」
「いいえ、あなたが鈍すぎるのよ」
アイラはフェイントを幾重にも織り交ぜ、ランブルが反応できないタイミングと角度から斬撃を繰り出した。
まず一体──。
勝利を確信したそのとき、
「だけど、私はもっと速い」
「っ……!?」
視界からランブルの姿が消えた。
次の瞬間、背後に殺気が現れる。
「くっ──」
考えるよりも早く、体が動いていた。
前方に身を投げ出すようにして転がる。
一瞬前まで彼女がいた空間を、ランブルの剣が薙いだ。
「ほう、完全に死角からの一撃だったのに避けるとはねぇ」
「ですが、私のこともお忘れなく」
アイラが避けた先に、ラシーダがいた。
すでに白い魔剣を振りかぶり、攻撃態勢だ。
剣で受けていては間に合わない。
「【雷咆の陣】!」
とっさに『アスカロン』から雷撃を放った。
「そんな苦しまぎれで!」
ラシーダが魔剣であっさりと雷撃を切り払う。
その間に、アイラは大きく跳んで距離を取った。
「遅いねぇ」
が、そこにはランブルの姿。
「きゃあっ……!」
振り下ろされた斬撃が右肩を凪いだ。
追撃の雷撃が、彼女の全身を打ち据える。
「あ……ぐ……うう……」
「やはり、こんなものかねぇ」
「先ほどの四天聖剣さんと比べると、歴然とした差がありますわね」
その場に倒れ伏したアイラを、二体はニヤニヤと笑って見下ろしている。
駄目だ、とてもかなわない。
接近戦ならあるいは勝機があるかもしれない──などと、あまりにも甘い考えだった。
根本的なスピードが違う上に、相手は二体で連携してこちらの行く手を封じてくる。
「力の差は分かっただろう?」
「あなたは敵軍の上位戦力とお見受けします。ここで殺してあげますね」
「まあ、我々からすれば敵じゃないが、魔族兵や帝国の兵士たちにとっては厄介な相手だからねぇ」
「お若いのに気の毒ですが──これで幕です」
二体が魔剣を振り上げる。
(殺される──)
絶望と恐怖がアイラを凍りつかせた。
時間稼ぎすら、できない。
やはり無謀だったのだ。
格好をつけて前に出るべきじゃなかった。
無様でもなんでもいいから逃げればよかった。
そう、自分の命のことだけを考えて……。
(──なんて、できるわけないわよね)
アイラは細剣を支えに、弱々しく立ち上がった。
「うぐ……ぐ……」
全身を襲う激痛でふたたび倒れそうになる。
気力でそれを抑えこみ、アイラは二体を見据えた。
「まだ戦う気かねぇ?」
「見上げた闘志ですが……勝ち目はありませんわよ」
「たとえ勝てなくても──」
アイラの全身から稲妻が弾けた。
「ここで一秒でも長くあなたたちを食い止める。一人でも多くの兵士を──人々を、救う。その先は──後に残る者たちに任せるわ」
「……決死、というわけかねぇ」
「なんのために捨て駒になるのです? 自分の命が惜しくはないのですか」
「愚問ね。覚悟なんて最初からできてる」
アイラは口の端を釣り上げて笑った。
もちろん、内心では怖い。
怖くてたまらない。
死にたくなんて、ない。
それでも──アイラは笑った。
「人を救うために、命を賭す──それが!」
吠えたアイラの細剣から、雷撃がほとばしる。
「勇者の戦いよ!」
先ほどよりもさらに威力を増した稲妻が、二体の超魔戦刃へと向かう──。





