11 胎動
「私を呼んだのは、君か」
魔界の王──『魔導帝』エストラームに出会ったのは、ヴェルフ皇帝が即位したばかりのころだった。
「ヴェルフ帝国皇帝、ラザーレ・ヴェルフ三世と申します」
皇帝はその場に跪き、深々と頭を下げた。
どうやら召喚魔法は上手くいったようだ。
こみ上げる喜びと達成感。
魔界の王を召喚するなど、本来ならいかなる魔術師にも不可能だ。
百年に一人の天才だと幼少より謳われた皇帝だからこそ為し得た秘義。
それにも十年以上の試行錯誤が必要だったが──。
ともあれ、とうとう魔王と出会うことができた。
「呼び出した理由はなんだ? 君は、何を望む」
金色のローブをまとった魔術師、といった外見のエストラームは、理知的な雰囲気を漂わせていた。
「私が望むものは──」
皇帝は顔を上げ、まっすぐに魔王を見つめた。
「力にございます」
「実にシンプルな答えだ」
エストラームはかすかに笑ったようだ。
苦笑や嘲笑ではなく、温かな微笑。
好意的な笑みのようだった。
もしも好戦的な魔王なら、あるいはその機嫌を損ねた瞬間に殺されるかもしれない。
いくら超天才魔導師とはいえ、しょせん皇帝は人間だ。
魔界の王に立ち向かうことなど、できるはずもない。
安堵しつつ、皇帝は言葉を継ぐ。
「我が帝国は世界に覇を唱えんとしております。いまだかつて、どんな国も為し得たことのない、世界統一国家の樹立──それを、我がヴェルフ帝国が成し遂げたく」
「ふむ。それは大きな野望だな」
エストラームは興味を惹かれたようだ。
「その大望を抱くにふさわしい力と意志が、君にはあるようだ」
「もったいなきお言葉」
皇帝は恭しく頭を下げた。
「なれど、この世界には我が野望を阻む強者が存在します。人類最強戦力『四天聖剣』を有する勇者ギルド。英雄クラスであるSSSランク冒険者を複数抱える冒険者ギルド。そしてレムフィールやラエルギアといった列強はいずれも手ごわく……世界制覇は容易には叶えられませぬ」
「それらを蹴散らす圧倒的な力──それが君の望みというわけだな」
「御意」
「私の持つ魔導技術はあくまでも魔族用のもの。だが魔法の天才である君になら、あるいは扱えるかもしれない」
エストラームが言った。
「その技術を人間用の魔法で再現できれば、君の帝国は圧倒的な戦力を得ることだろう」
圧倒的な戦力──。
魔王の言葉に、皇帝はごくりと息を飲んだ。
「ただしその技術は難解を極め、同時に術者への危険をもたらす。それでも教えを受ける覚悟はあるのだな?」
「もちろんでございます」
「では、授けよう。魔族の力を宿した究極のモンスター作成術を。そして、さらにその進化系も。見事、再現してみせよ。人間よ」
「御意っ!」
そして──試行錯誤の末に、皇帝はついに完成させた。
究極の魔導生体兵器『超魔獣兵』を。
その力はすさまじく、レムフィールの竜騎士団やラエルギアの魔法戦団をも圧倒するほどだった。
これなら世界制覇も成し遂げられる──。
皇帝は歓喜した。
だが、そんな歓喜を打ち砕いたのが、一人の冒険者だ。
マグナ・クラウド。
彼はたった一人で『超魔獣兵』を苦もなく倒してしまった。
『虚空の封環』という空前絶後のスキルで。
皇帝はふたたび魔王と交信し、新たな力を求めた。
そして完成したのが、『超魔戦刃』である。
だが、それでもまだ足りない。
マグナを打倒するには、決定的な何かが足りない。
そして彼を打ち倒さないかぎり、世界制覇は容易ではないだろう。
虎の子の『超魔獣兵』や『超魔戦刃』をあっさりと打ち倒す存在がいる以上は──。
皇帝は悩んだ。
しかし……打開策は突然もたらされた。
まったくの偶然から。
『超魔戦刃』のラグディアが発現した能力によって──。
「ようやく……完成に近づきつつあるな」
皇帝は回想を中断し、眼前の映像を見つめた。
そこは訓練室だった。
ラグディアと魔族ルネが模擬戦を繰り返していた。
室内には黒いモヤのようなものが漂っている。
空中に時折浮かび上がる、金色の紋様。
それは──あのマグナ・クラウドの『ブラックホール』に浮かぶ紋様とよく似ていた。





