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2 試練開始

※火曜更新予定でしたが、少し早めての更新です。次回は4月2日(火)更新予定ですm(_ _)m

「では、試練開始です」


 言うなり、フレアの姿が消えた。


「これは──」


 いや、消えたんじゃない。

 あまりにもスピードが速くて、俺の目に映らないんだ。


「ザイラス流剣術、基本動作『雷神脚(らいじんきゃく)』」


 その姿が見えないまま、フレアの声だけがどこかから響く。


 声の出所を見ても、彼女の姿はない。

 足音だけが断続的に聞こえるから、超速移動を続けているんだろう。


「ザイラス流剣術……?」


 大陸中に広く伝わる最強の正統派剣術だ。

『剣聖』と呼ばれる勇者ザイラス・メルティラートが創始した剣術。


 それを、フレアが習得している……?


「さあ、どうしました? わたくしを捕まえてごらんなさい?」


 やはりフレアの姿は見えず、声だけが響く。


「あ、『捕まえてごらんなさい』って、なんとなく恋人同士のいちゃらぶっぽい台詞じゃないですか? ね? ね?」


 と、はしゃいだように付け加える。


 ……こいつのキャラもよく分からないな。

 俺は内心で苦笑した。


 スキル内世界の厳然たる管理者──ではあるんだろうけど、その一方で妙に悪戯っぽい性格でもある。


「っていうか、これでお前を吸いこんでも大丈夫なのか?」


 俺は右手にたゆたう黒い小さな円を見つめた。

 彼女から渡された能力限定版の【ブラックホール】だ。


「どこか別の空間に消し飛ばされたりしないか?」

「あら、わたくしを気遣ってくださるのですね、王よ。嬉しいです」


 フレアが俺の眼前に出現した。


「ご安心ください。それで吸いこんでも、わたくしは一時的に異空間に拘束される程度です。あくまでも『訓練用の限定機能スキル』とでもお考えください」

「分かった。じゃあ、遠慮なく捕まえさせてもらう」

「できますかしら? わたくしの動きが見えないのでしょう?」


 言って、ふたたびフレアの姿が消える。

 さっきと同じくザイラス流剣術の超速歩法に入ったか。


 けど──見えなくたって関係ない!


「吸いこめ!」


 俺は右手を突き出し、【ブラックホール】に命じた。


 しゅおんっ……!


 姿が見えなくても、俺の周囲を丸ごと吸いこめば捕らえられる。


「は・ず・れ、です♪」


 声は、背後から響いた。


「っ……!?」


 振り返ると、そこには微笑みを浮かべたフレアの姿。

 ぴょこん、と狐耳と尻尾が可愛らしく跳ねる。


「吸いこめなかった……? 一瞬で射程外まで逃げたのか?」

「さあ、どうでしょうね」


 フレアはニコニコと笑ったまま。


「次はこの体術でいきますよ──ひゅうっ」


 細く長い呼気を吐き出し、後退するフレア。


「この動きは──!?」


 SSSランク冒険者、『炎竜殺し』のヴルムさんが使う気功武闘法(きこうぶとうほう)だ。

 特殊な呼吸法によって身体能力を倍加させる、東方大陸発祥の奥義。


 フレアはザイラス流剣術だけでなく、こんな技まで使えるのか。

 ただし、今度は動きが見えないほどのスピードじゃない。


「姿さえ見えれば──」


 俺は彼女の動きを見据え、ふたたび右手を伸ばした。

 小型の【ブラックホール】から吸引の風が伸び、


「ふふ、外れです~!」


 その風は、大きくサイドステップしたフレアを捕らえられない。


「くっ……」


 俺はようやく気づいた。


 本来の【ブラックホール】と違い、こいつは吸引の範囲が狭いみたいだ。

【ブラックホール】みたいに射程内のすべてを吸いこむわけじゃなく、俺が手を伸ばした直線範囲のみを吸いこむ。


 フレアは超速の動きに巧みなフェイントを織り交ぜ、俺の吸引をすべて避けていた。


 ──手ごわい。


 俺はいちおう戦士として冒険者をしていたけど、その能力は底辺クラス。

 運動能力に特別秀でているわけじゃない。


 俺には、フレアの動きは見切れない。


「どうします? 降参ですか?」

「まだ始まったばかりだろ」


 微笑むフレアに、俺はニヤリと笑った。


「久しぶりだ、こういうシチュエーションは」


【ブラックホール】を身に着けてから、あらゆる戦いが楽勝続きだったからな。

 自分の力が通じない、って感覚を──ひさびさに思い出す。


 だけど、それでへこたれたわけじゃない。

 もともと俺はこうやって生きてきたじゃないか。

 自分の力のなさを思い知り、打ちのめされ、底辺冒険者として──。


「絶対に、お前を捕まえる。そして力を得てみせる」

「それでこそ王です」


 フレアは嬉しそうにうなずいた。


「そして、それでこそ──『運命を超越せし者(フェイトブレイカー)』です」

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