1 力の制御
俺の目の前に黒いローブ姿の女がたたずんでいた。
【ブラックホール】内部の世界──【虚空の領域】の第三層に入った俺は、このスキルを管理する存在だという【虚空の焔】に出会ったのだ。
黒髪に褐色の肌、赤い瞳をした絶世の美女である。
さらに、キャロルみたいな狐耳や尻尾が生えていた。
獣人の一種……なんだろうか?
「王よ。あなたの求める力は、分かっています」
【虚空の焔】が言った。
「それは人と相対するための力──人を傷つけないための力ですね」
「ああ」
うなずく俺。
なんだか話が早くて助かる。
「魔族やモンスターを相手にするときみたいに、吸いこんで倒して終わり……ってわけにはいかないと思う。できるなら、命を奪わずに戦いを終わらせられたら、って」
「お優しいのですね、王よ」
「無駄に殺したくないだけだ」
俺は『彼女』を見つめた。
「分かりました。あなたの望む力を授けましょう」
「力を、くれるのか? 【虚空の焔】?」
……って、いちいちこの名前で呼ぶのはちょっと仰々しいな。
「よろしければ、わたくしのことは『フレア』とでもお呼びくださいませ」
彼女が微笑んだ。
「いちいち【虚空の焔】と呼ぶのは仰々しいでしょ? っていうか、フレアという呼び方のほうが可愛い感じですし」
悪戯っぽく付け加え、ぱちんとウインクをする【虚空の焔】ことフレア。
「じゃあ、フレア──さっきの質問に戻るけど」
俺は気を取り直して、再度たずねた。
「俺になんらかの力をくれる、ってことなんだな? 【ブラックホール】に新しいスキル効果が加わるとか……?」
「得るのは、あくまでもあなたです」
俺の問いに答えるフレア。
「そのためには試練を乗り越える必要があります」
「試練……」
「さっそく始めましょうか」
フレアが厳かに告げる。
「あなたが求める対人用の力。できるかぎり他者を傷つけずに制圧する力──それはすべてを吸いこみ、打ち倒す【虚空の封環】とは、ある種の対極にある力といえるでしょう」
と、フレア。
「それを成し遂げる方法は一つ。スキルの、より細かな制御ができるようになればよいのです」
「細かな……制御?」
「【ブラックホール】は因果律を超越した強大なスキルです。自在に制御するためには、あなた自身がスキルのことをより深く知る必要があります」
フレアが、ぴん、と人差し指を立てた。
「それは、ただ敵を倒すよりも困難な道でしょう」
「難しくてもいいんだ。俺は無用な人死にを出したいわけじゃない。特にこれからの戦いは、対人戦が増えるだろうから……」
俺はフレアに説明した。
「では、王よ。試練開始です」
言うなり、フレアは大きく跳び下がった。
にっこりと嬉しそうに笑い、
「わたくしを捕まえてくださいませ」
「えっ?」
「【虚空の封環】のスキル使用を一部解放します。さあ、どうぞ」
フレアの言葉とともに、俺の右手から黒い何かが出てきた。
小石ほどの大きさの、黒い円。
いや、まさかこれって──。
「小型の【ブラックホール】……?」
「その力をお使いください。ただし本物よりも吸引力や射程は弱体化させてありますので、わたくしを捕まえるには精密なコントロールが必要となります」
フレアが説明する。
「ゲームみたいで面白そうでしょ? ね? ね?」
なぜか、妙に嬉しそうだった。
ぴょんぴょんと飛び跳ねていて、狐耳も相まって、まるでキャロルと話してるみたいだった。
「要は──鬼ごっこってわけか」
俺は右手にまとわりつく黒い円を見つめる。
よく見ると金色の紋様があちこちに刻まれ、まさしく【ブラックホール】をそのまま小型化したようなデザインだ。
「言っておきますが、この世界ではわたくしは超絶的なステータスを発揮できます。神や魔王に匹敵するほどの。簡単に捕まえられると思ったら、大間違いですよ?」
「いや、捕まえるさ」
俺は真剣な顔で言った。
そして、【ブラックホール】の新たな力を得てみせる──。





