10 闇の剣士と超魔戦刃1
魔族ルネは、その日も帝国の改造兵士──『超魔戦刃』ラグディアと模擬戦をしていた。
ラグディアは、飄々とした雰囲気を漂わせた中年男だ。
痩せぎすの体つきは、とても猛者には見えない。
その実、ルネでさえ、ときには押し切られるほどの圧倒的な戦闘能力を誇る。
何よりも、成長速度が半端ではない。
つい一戦前に決め技となったコンビネーションが、次の戦いではあっさり凌がれることもある。
ただ、ラグディアは戦闘に関しては素人で、専門的な訓練を受けたこともないらしい。
その隙を突き、ルネの『封神斬術』が勝利を収めることが多い。
勝率は六割といったところか。
「また俺の勝ちだ」
ルネはラグディアの喉元に大剣の切っ先を突きつけ、告げた。
「これで三連敗か。あーあ」
ラグディアが拗ねたように頬を膨らませる。
まるで子どものような態度だ。
……やはり、猛者には見えなかった。
「お前、剣術を学ぶ気はないのか?」
ルネがたずねた。
「ん?」
「それだけの力と、成長速度があるんだ。正式な剣術を学べば、飛躍的に強くなるだろ」
別に親切心で言ったわけではない。
ただ、惜しいと思ったのだ。
これほどの素質がありながら、身体能力任せでしか戦わないというのは──。
「うーん……なんか気が乗らなくてね」
「気分屋め」
「それが僕だからね」
顔をしかめるルネに、ラグディアはあっけらかんと笑った。
こうして剣を学ぶように誘ったのも一度や二度ではないが、毎回のようにこういう返事が来るのだった。
もどかしい、と思う。
同時に、人間を相手にそんな感情を抱いた自分に、少し驚いた。
(はっ、俺ともあろう者が……)
ルネは内心で苦笑する。
(少し人間界に長くいすぎたか)
最近は人間と触れ合う機会が多かったせいか、情のようなものが湧いているのを感じることがあった。
「ほら、次の勝負。まだまだ降参はしないよ」
「上等だ」
ルネはニヤリと笑った。
彼と戦うことで、自分もまた強くなれる。
互いが、互いの力を引き上げる──。
それが嬉しくてたまらない。
「さあ、凌いでみせろよ、人間!」
「来い、魔族くん!」
ルネは大剣を手に突進した。
ラグディアが迎撃の刺突を繰り出す。
速く、鋭い一撃。
だが、彼の構えや視線の動きなどから、ルネは攻撃の軌道を完全に予測していた。
やすやすとかいくぐり、さらにラグディアに肉薄する。
「なら、これでぇっ!」
ラグディアの背から触手が伸びる。
全部で六本──。
「いや、違う!? これは……!」
その六本がそれぞれ、さらに六本に分割された。
合計で三十六本。
微妙にタイミングや角度をズラし、防御も回避も難しくしながら、別々の方向からルネに向かってくる。
「ちいっ、避けられねぇ……だったら!」
一本残らず撃ち落とす──。
ルネは突進の勢いのまま、その場で体を回転させる。
さながら、竜巻のように。
まず一本目に大剣を叩きつけた。
「ぐうっ……」
すさまじい重さに、剣を跳ね飛ばされそうになる。
刃の表面を這わせるようにして、触手をいなす。
「つあっ!」
いなしながら、触手を半ばほどで断ち切った。
だが、その間に二本目、三本目が左右から迫る。
さらに四本目、五本目──。
予想を超えた速度で放たれる、一斉攻撃。
「さすがに、こいつはきついな……」
ルネは己の敗北を悟った。
回避も防御も迎撃も──すべて不可能だ。
ルネには、なすすべもない。
ごうんっ!
突然の爆音とともに、触手群がまとめて焼き切れ、吹き飛んだ。
「えっ……!?」
「なんだ──」
ルネとラグディアは同時に驚いた顔で叫んだ。
鮮烈な赤い輝きが弾けた。
まばゆい、炎の輝き。
その中から、小柄なシルエットが進み出る。
炎をまとった少年は、優美な翼を生やしていた。
天使を思わせるその姿は、しかし禍々しい瘴気のオーラを放っている。
「へえ、君が噂のルネくんかー。そっちもなかなか強そうだね」
二人を交互に見る少年。
「なんだ、お前は?」
ルネはたずねながら、自然と身構えていた。
中性的な顔立ちはあどけなく、可愛らしい。
だが、そんな容姿とは裏腹に、押しつぶされそうなプレッシャーがルネを襲っていた。
ただ者ではない。
まるで魔王と相対しているような、絶大な威圧感──。
と、
「ポルカ様っ!」
訓練室に一人の美女が駆けこんできた。
ミジャスだ。
「ポルカ……だと……!?」
ルネがうめいた。
鳳炎帝ポルカ。
魔王の側近である『七大魔軍長』の中で最強と称される魔族だ。
その戦闘力は魔王に匹敵──あるいは、凌駕するという噂さえあった。
下級魔族に過ぎないルネは、彼の姿を見たことさえなかったのだが、
「まさか、こんなガキみたいな外見とはな」
「まあ、ガキなのは否定しないよ。見た目通り、まだ十歳だし」
ポルカがこちらを向いた。
まさに地獄耳だ。
「十歳……?」
「そ。生まれて十年経たないうちに最強になっちゃったんだよ、僕。天才ってやつだね」
あっけらかんと笑うポルカ。
「だから飢えてるんだよね。僕に見合う相手がなかなかいなくって、さ」
次回更新は2月19日(火)です。
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