1 ヴェルフ帝国
3~4話程度、魔族ルネ視点です。
ヴェルフ帝国──。
ルネは魔軍長の娘だというミジャスに連れられ、皇帝の居城までやって来た。
ミジャスが連れ去った勇者ベアトリーチェも一緒である。
三人は謁見の間に通された。
何十メートルも続く赤絨毯。
その最奥には豪奢な玉座がある。
悠然と座してるのは、黒いローブをまとった魔術師を思わせる男──ヴェルフ皇帝だ。
臣下の姿はない。
が、皇帝の側──暗がりになった部分に、複数の気配がたたずんでいるのをルネは感じ取っていた。
いずれも、ただ者ではない気配だった。
(肌がチリチリしやがる)
ルネは内心でつぶやいた。
おそらく上位魔族に匹敵する猛者たちだろう。
だが、魔族ではない。
人とも、獣とも、魔ともつかない奇妙な気配の持ち主たちである。
(あいつの気配に似てるな)
先の戦いで出会った帝国の改造兵士──超魔戦刃ラグディアに。
あるいは彼と同種の兵器かもしれない。
「よく来てくれた。歓迎するぞ」
皇帝が朗々とした声でルネたちに語りかけた。
「お前が勇者ベアトリーチェか。噂は聞いているぞ。勇者の中で唯一、『空間操作』能力を持つ奇蹟兵装を操るとか」
ベアトリーチェを見つめた皇帝は、次にルネへ視線を移す。
フードの奥の瞳は、血のように赤い。
その瞳が、すうっ、と細められた。
「お前は以前にも一度会ったな。九尾の狐の里に魔族を送りこんだ際に──」
もともと彼が人間の世界にやって来たきっかけは、皇帝に召喚されたからだ。
そのとき、九尾の狐の里に行き、暗殺標的だったマグナ・クラウドに出会った。
そして、圧倒的な力──【虚空の封環】を目撃した。
すべてを制し、瞬殺する力。
ルネが理想とする『最強』を体現するマグナに、奇妙な憧れさえ抱いたものだ。
「ふむ、あのときに比べて随分と力を増したようだな」
つぶやいた皇帝が、最後にミジャスに視線を向ける。
「よくやった、ミジャス。ベアトリーチェはかねてから我が陣営に欲しかった人材だ。さすがは魔軍長ハジャスの娘だな」
「お褒めにあずかり光栄です、陛下」
丁寧に一礼するミジャス。
「そいつをさらったことで、勇者たちが敵対してくるんじゃないのか?」
ルネがたずねた。
人間の世界の情勢に詳しいわけではないが、ミジャスからあらましは聞いている。
現在、帝国は世界征服に向けての侵攻を始めているが、勇者たちと直接の敵対はしていない。
「うむ。ベアトリーチェは勇者たちにとっても希少な存在だからな。彼女を奪還するために戦力を差し向けてくる可能性はある」
皇帝がうなる。
「奴らは、てごわい。特に最強の四天聖剣クラスが来ては、超魔獣兵や超魔戦刃ですら対抗しきれないかもしれん」
「ですが、その価値はある──と、以前に陛下は仰っていましたね」
ミジャスが言った。
「然り。余は魔王様から直々に教わっている。その女勇者の利用価値を」
と、皇帝は重々しくうなずいた。
「ずっと機を伺っていた。そして、その機は熟した」
「利用価値だのなんだの、人を道具みたいに言ってくれるねぇ」
ベアトリーチェが呆れたようにため息をついた。
「ま、抵抗したところで、戦闘型じゃないあたしじゃ逃げようがないけど」
「少しの間、辛抱してくださいませ。いずれ元の場所にお戻りいただきますゆえ」
「ふん、魔族にしては礼儀正しいねぇ。あたしはあの家が気に入ってるんだ。早いところ帰りたいよ」
「余に協力してくれれば、すぐに帰す」
皇帝が傲然と言った。
「では、本題に移ろう。お前たちに見てもらいたいものがある。ついてくるがいい」
皇帝に先導され、ルネ、ミジャス、ベアトリーチェの三人は暗い通路を進んでいた。
「謁見の間の奥にこんな場所が……?」
ミジャスが驚いたような顔で周囲を見回す。
「なんだよ、あれ……?」
ルネは前方に設置された無数のカプセルを指さした。
全長十メートルほどだろうか。
内部が緑色の液で満たされ、小さな肉の塊のようなものが入っている。
「培養カプセル……?」
ミジャスが眉を寄せた。
「左様。これは超魔獣兵の素体を作るための研究施設だ」
振り返った皇帝が説明する。
「皇帝陛下。待ちくたびれましたよ、僕」
と、前方から声が響いた。
「僕に会わせたいというのはその人たちですか?」
そこにたたずんでいるのは、飄々とした雰囲気の中年兵士。
「そうだ。勇者ベアトリーチェ。そして魔族のルネとミジャス」
皇帝が彼──ラグディアにルネたちを紹介する。
「これですべての鍵はそろった。マグナ・クラウドを打倒し、四天聖剣やSSSランク冒険者すらはるかに超える力を得て──帝国が世界に覇を唱えるための鍵が」





