episode69「ウヌム・エル・タヴィト-Cave Of Unum-」
チリーがミラルと聖杯のことを考えていると、いつの間にかシアが再びマーカスに詰め寄っていた。
「つーか、なんでそんなことペラペラ話すのよ? 機密じゃないの?」
「機密ですよッ! 賢いなァ! よくわかってますねェ!」
「こいつ殴っちゃ駄目なの?」
何か問題があるかと言われれば特にないが、これで一応捕虜扱いである。ひとまず堪えて、シアはマーカスとの会話を続ける。
「死にたくないですからねぇ。我々が既に無害な人間であることを示しておかなければ、エリクシアンに戻らない内に殺してしまえ、と判断するのが合理的ですからねぇ」
「……まあ、そうね」
実際、魔力が僅かにでも戻る兆しを見せれば三人共処刑する、というのがサイダの指示であり、里の総意である。
しかしウヌム族は、本来不要な殺生を是としない部族だ。それが例え報復の処刑であったとしても、命そのものを尊ぶことがウヌム・エル・タヴィトの遺した思想なのだ。
そのため、三人がエリクシアンとしての力を取り戻せないのであれば、無理に処刑する必要はなくなってしまう。
「……虫の良い話だな。テメエら、自分が何やったかわかってンだろうな?」
マーカスを見下ろし、鋭く睨みつけるチリーだったが、マーカスは動じる様子は見せなかった。
「わかっていますとも。ですがその上で生きたいと願うことは生き物の性ですからねぇ」
堂々と開き直るマーカスには嫌悪感を覚えたが、だからと言って殺してしまうのが正しいとはチリーにも思えない。やり場のない感情を頭の隅に追いやるようにして、チリーは思考を切り替えた。
「無害を主張すンなら、ついでに知ってること洗いざらい話しな。ゲルビアは何故賢者の石が現存していることを知っている? テメエらエリクシアンの能力も知ってる限り吐け」
他にも聞くべきことは山程ある。生け捕りにしたのなら、出来る限り情報を吐き出させたい。
しかしマーカスもゲイラも、その問いには首を左右に振った。
「エリクシアン同士で能力を説明するのはタブーに近いんだ。帝国ではいつ味方に寝首をかかれるかわからないからね」
ゲイラはそう言ってわざとらしく嘆息して見せる。
「それに、君達が欲しがっているような情報は持っていないよ。認めたくないけど、僕らは末端だからね。代わりに僕の顔の良さで手打ちにしてくれないか?」
「わかった」
ノータイムでゲイラの顔面にデコピンをぶち込んで、チリーは背を向ける。
これ以上ゲイラ達と話していても埒が明かないだろう。
「後は、ウヌム族の人達に任せましょう。この状態なら、もう抵抗も出来ないハズだわ」
複雑そうな表情を見せながらもそう言うミラルに、チリーは頷いて見せる。
「行きましょう。確認するべきことはしたし、あまり話していたい相手じゃないわ」
「……そうだな」
ミラルに促され、一行はその場を立ち去った。
***
ウヌムの洞窟は、里の奥深くにある。適当に歩いて見つかるような場所ではなく、肝心のシアは場所を覚えていない。
そのため、チリー達はウヌムの洞窟へ向かうまでの案内人を募ることになった。
里の人間はチリー達を英雄扱いしており、我こそはと案内役を立候補する者が続出したが、最終的には護衛もかねて戦士であるバルゴという男が担当することになった。
「俺はウヌム族の戦士、バルゴだ。チリー殿、ミラル殿、シュエット殿、そしてシア……里を救ってくれたこと、心より感謝する」
バルゴは、屈強で大柄な浅黒い肌の男だった。鋭く、頑丈な石製の槍を背中に下げており、チリーやミラルからすれば見上げるような体格の男だ。
そんな彼が、深々と頭を下げている。
「礼にもならんかも知れんが、洞窟までは俺が護衛し、案内する」
「頭を上げてくださいバルゴさん。今日はよろしくお願いしますね」
そう言って微笑むミラルに、バルゴは顔を上げて微笑み返す。強面だが、柔和な笑みからは穏やかそうな印象を受ける。
もっとも、昨晩ブチギレてマーカスの耳を片方ぶち抜いたのはこのバルゴなのだが。
「ちょっとバルゴー、あたしにも殿をつけなさいよ」
「里抜けは重罪だ。今回の件でチャラに出来るか微妙なところだぞ」
「お硬いことで。どーせ一段落したら出てってやるわよこんなとこ」
わざとらしくそんな態度を見せるシアだったが、バルゴはシアの視界の外でどこか嬉しそうな表情を見せる。
「相変わらずだな。大ババ様はあれで寂しがっておられた。出発するなら、その前にもう一度話をしておけ」
「考えといてやるわよ」
素っ気なく答えるシアだったが、声音がほんの少しだけ上ずっている。態度は素直じゃないものの、案外わかりやすい女なのかも知れない。
バルゴの案内を受けて、歩くこと数十分。集落からかなり離れた場所に、茂みに覆われた小さな洞窟があった。
辺りは木々が生い茂っており、パッと見では洞窟がどこにあるのかわからない。
「この洞窟は、ウヌム様が生前ご自身の魔法でお作りになられたものだ。この中に、ウヌム様のご遺体が安置されている」
「……何百年も前のモンだろ? 原型残ってンのか?」
「残っている。これに関しては説明するより自分の目で見た方が早い。俺はここで見張りをやる、四人で行って来てくれ」
バルゴの言葉に頷き、チリー達はゆっくりと洞窟へ近づいていく。
そしてすぐに、チリーは洞窟の中に魔力を感じ取った。
「……魔力だ。洞窟の中から感じる」
「え!?」
一瞬エリクシアンを連想して驚くミラルだったが、チリーはかぶりを振る。
「いや、エリクシアンじゃねえ。なんだこの魔力……」
「一応警戒しておこう……ミラルさん、下がってください」
シュエットに促され、ミラルは数歩下がった。
「……心配しなくて良いわよ。多分それ、ウヌム様の魔力だから」
そんな中、シアはあっけらかんとそう言い放つ。
「はぁ? ウヌムは死んでンじゃねえのか?」
「死んでるわよ。身体はね」
言いつつ、シアは茂みをかき分けて誰よりも先に洞窟の中へ入っていく。それを追いかけて中へ入り、チリー達は予想もしていなかった光景を目にした。
「これは……!」
小さな洞窟の中には、びっしりと赤い水晶のようなものが張り付いていた。どれも濃い、血のような赤色の水晶だ。
そして洞窟の最奥には、赤い水晶に包まれるようにして、一人の男があぐらをかいて座っていた。
一人の男、というと少し語弊があるかも知れない。その男は、明らかに既に死んでいたのだから。
痩せこけた身体に落ちくぼんだ眼窩。ほとんど骨と皮だけのソレは、まるでミイラのようだった。
この遺体こそが、ウヌム・エル・タヴィト。
ウヌム族の始祖にして、かつて大陸を支配していた三人の原初の魔法使いの一人である。




