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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season2「The Rebirth Of The Mors」

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episode38「被膜の向こう-Red Zone!-」

「やめて……チリー……もうやめてっ!」


 激しい衝突を繰り返し、チリーもサイラスもダメージを負っている状態だ。チリーの被膜は所々剥がれており、サイラスは徐々に人間の姿に戻りつつある。牙や角、鱗は残っているが顔の形はほとんど人間に戻っていた。


 互いにボロボロになりながらも、二匹の獣は戦いをやめない。


 その凄惨な光景が、ミラルの心を締め付ける。


「そうだッ! 俺とお前は同じ獣だッ! このままっちまおうぜ……死ぬまでッ!」


 サイラスの一撃が、チリーに直撃する。

 既に血の壁を出す余裕がなくなっているのか、チリーはそのまま弾き飛ばされて倒れ伏した。


 それでも立ち上がろうとするチリーを見て、ミラルはラズリルを振り解いてチリーの元へ向かおうとする。


「ま、待てミラルくん! 死にたいのか!?」

「このままじゃ……このままじゃチリーが死んじゃうわ! 聖杯でなんとかしないと……っ!」

「だからって君が死にに行ってどうする!? ラズ達じゃ近づいただけで死ぬよ……!」


 ラズリルの言っていることは、ミラル自身よくわかっている。

 けれどこのままでは、本当にチリーが死んでしまう。

 聖杯の力で何かが出来るなら、このままジッとなんてしていられなかった。


 自分の力の無さに歯噛みして、ミラルが拳を握りしめていると、その肩にそっと触れる手があった。


「え……?」


 そこにいたのは、外で戦っていたレクス・ヴァレンタインだった。


「状況はわからんが、話は少し聞かせてもらった」


 ザップが力を失ったことで、ジェインにかけられた能力は解除されている。

 レクスはそれを理解してからすぐに、チリー達の元へ救援へ向かったのだ。

 外のゲルビア兵達は、”共に戦う団員達”に任せて。


「レクス……さん……!」

「信じ難いが、アレがチリーか……。なんとか出来るんだな? それなら、俺が時間を稼ぐ」


 起き上がり、尚も戦いを続けるチリーと応戦するサイラスの元へ、レクスは向かう。その背中を、ラズリルが呼び止めた。


「……あれは戦いの次元が違う。いくら君でも死ぬかも知れないぞ」


 ラズリルは、現在の状況に完全に萎縮し切っていた。


 想定の数倍の力を持つサイラスと、得体の知れない変貌を遂げたチリー。最早生きていることすら奇跡だと思える程に、ラズリルは現状を絶望視していた。ラズリルが想定する最善のパターンでも、少なくともチリーの命は保証されない。


 しかしレクスは、振り向かずに不敵に笑う。


「チリーは俺が守るべきものを守り、俺が戦うべき相手と戦った……。なら、命くらい賭けてやるさ」


 瞬間、レクスが駆ける。


 身の丈ほどもある金剛鉄剣アダマンタイトブレードを振り上げ、チリーとサイラスの間に割って入るようにして振り下ろす。


「サイラス! 今度は俺の相手をしてもらう!」

「退けよ腑抜けェッ! もうテメエに用はねェッ!」


 即座に、サイラスの爪がレクスを襲う。

 レクスはそれを金剛鉄剣アダマンタイトブレードで受けながら弾いた。


 チリーとの戦いで消耗しているサイラスは万全の状態ではない。時間稼ぎが可能だと判断したレクスだったが、すぐにそれが甘い判断だったと気づく。


(こいつ……ッ!)


 尋常ならざる竜の膂力が、金剛鉄剣アダマンタイトブレードを弾く。ビリビリと振動を手に感じながら、牙を剥き出しにしたサイラスからは一切の人間性を感じ取れなかった。


 アダマンタイトは魔力に耐性を持つだけでなく、通常の鉄と比べてもかなり強度が高い。普通の剣なら、今の一撃でへし折られ、最悪身体ごと持っていかれる可能性もあった程だ。


 だがレクス・ヴァレンタインは、もう逃げることはしない。

 正面に敵がいるなら、まっすぐに立ち向かう。


 守るために。


「お前にはなくてもこっちにはあるんだよッ!」

「今更か!?」

「ああ、今更だッ! 遅くなって悪かったな!」


 自身に出せる最大の速度で金剛鉄剣アダマンタイトブレードを振り回し、守りから攻めに転じていく。


 サイラスの武器は両腕の爪がメインだ。レクスの身の丈程ある金剛鉄剣アダマンタイトブレードはリーチで遥かに勝る。


 今のサイラスに傷をつけられるかはわからないが、質量と切れ味は十分にある。装甲になっている硬い鱗も魔力で形成されたものだ。金剛鉄剣アダマンタイトブレードなら、普通の剣よりは効くハズだ。


 そんな応酬をする二人の背後から、チリーは視線を向ける。

 そしてレクスの背中へ、赤い刃に包まれた右腕を振り上げた。


「チリー!」

「……?」


 不意に声が聞こえて、チリーは反射的に振り返る。

 そこにいたのはミラルだ。だがそれが、誰なのかチリーにはわからない。


「チリー……私よ……ミラルよ!」


 必死に訴えるミラルだったが、その思いは無惨にも切り裂かれる。


 チリーはミラルに対して、躊躇なくその右手を振るった。


 咄嗟に回避しようとするミラルだったが、その刃はミラルの右肩を深く切り裂く。


「きゃあっ……!」


 血が舞い、ミラルは衝撃でその場に尻もちをついた。


「ミラルくん!」


 離れた位置から見守っていたラズリルが、悲痛な声を上げる。思わず駆け寄りそうになるラズリルを、ミラルは左手で制止した。


「っ……!」


 右肩が熱い。ミラルは左手で傷口を抑えながら、それでも立ち上がる。


「あなたは違う……獣なんかじゃない……っ」


 血が止まらない。思ったよりも深く傷ついた身体が、痛みと血で警鐘を鳴らす。

 それでも、ミラルはチリーへと近づいていく。


「私は知ってる……。あなたは無愛想で、ちょっと意地悪なこと言うし、乱暴だけど……本当はすごく優しくて、誰かを守るために戦う……そういう”人間”だって」


 チリーは威嚇するようにミラルを見つめて、ふと何かを感じて頭を抑える。


 小さな頭痛が起こって、それが急速に強まっていく。ちりちりと焦げ付くような頭痛を伴って、乱れた記憶がチリーの脳裏を蘇る。


(オレハマタ、クリカエスノカ?)


 次の瞬間、チリーがその場に膝をつく。


「アアアアアアアッ!」


 絶叫しながら悶えるチリーに歩み寄り、ミラルはその真っ赤な身体を抱き止めた。


 なんて無機質な肌触りなんだろう。そう思いながら、ミラルはそっと背中をなでた。


 チリーはいつだってそうだ。


 硬い鎧で、硬い被膜で、ぶっきらぼうな態度で、いつだってその身を包んでいる。

 傷ついた心を守るように。そして後ろにいる誰かを、その身で守れるように。


 寄り添っていたい。


 傍にいて、少しでもその身体を、心を休ませてあげられたら……。


 祈るようにして、ミラルはチリーを抱きしめる。


 赤い身体に、暖かな涙が落ちた。


「ミ……ラ……ル……」


 チリーの顔を覆う被膜が、ずるりと落ちていく。


 ミラルから発せられた七色の光が、チリーの身体を暖かく包み込んでいった。


 聖杯の力は、魔力を奪うことも与えることも出来る。


 与える力――――それは即ち、癒やしの力となり得るのだ。


 穏やかな光に包まれて、チリーはソレに身を委ねる。

 その身を覆っていた被膜は解けて消えていき、気がつけば一人の少年が穏やかな顔でミラルを見つめていた。


 無愛想で、ちょっと意地悪なことを言うし、乱暴だけど……本当はすごく優しい、誰かを守るために戦う少年。


 チリーが、ようやくまっすぐにミラルを見つめた。


「……ありがとな。それと……すまねえ」

「言ったでしょ……あなたの、力になりたいって……。だからいいの」


 嗚咽混じりにそう答えるミラルを、チリーは一度抱き寄せてから放す。


「……暖かかった」


 そう呟いた後、チリーの身体はすぐに真紅の鎧に包まれた。


「……行ってくる」

「……行ってらっしゃい」


 引き止めたくなる気持ちを必死で抑えて、ミラルは駆け出していくチリーの背を見送った。


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