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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode110「同じ時間を-Stay with You-」


 ニシルとトレイズは、テイテス王国からすればれっきとした侵入者だったが、現状テイテス王国側には彼らを捕らえる手段がない。これ以上攻撃の意思もなかったことから、二人は衛兵に睨まれながらテイテス王国を去っていった。


 トレイズは見逃せ、と言ったが、やはり正確にはテイテス王国側が二人に見逃される形となった。


 先程までの戦いがまるで嘘だったかのように静まり返り、テイテス王国は完全に平穏を取り戻す。



 テイテス城には、衛兵達が使用する訓練場がある。兵舎の外に簡易的なスペースが設けられているだけの簡素なものだったが、地面はよく整備されており雑草もほとんど見当たらない。


 日中は必ず誰かが使っているが、現在は破壊された箇所の修復や警備で衛兵は誰も使っていない。おまけに今は夕暮れ時で、あと数十分もすれば空は闇に融ける。


 そんな訓練場で、シュエット・エレガンテは一心不乱にアダマンタイトソードを振っていた。


 トレイズとの戦いで疲労も負傷もあると言うのに、それでもシュエットはアダマンタイトソードを振り続けている。


 それも、どこか苛立った様子だった。


 シュエットは力任せにアダマンタイトソードを振り、一人悪態をつく。


「……クソッ!」


 振り下ろし、シュエットは地面を睨む。


 そんな彼の元に、シアが歩み寄ってくる。


 かなり近くに来るまで気付けなかったシュエットは、顔を上げてシアを見ると少し驚いて見せた。


「……どっか行ったと思ったらこんなとこにいたのね。そろそろ日が暮れるわよ」

「そうか……。もう少しやったら戻る。俺と一緒にいたい気持ちはわからんでもないが、今は無心でやっていたい」


 言葉だけならいつもの調子だったが、声音にはわずかに焦燥感が滲む。


 その理由をある程度察して、シアは深くため息をついた。


「今振り回したって、簡単には変わんないわよ」

「……わかってるさ。だが、それでも……だ」


 言いつつ、シュエットはアダマンタイトソードを振り上げる。


「……今日の戦い、俺達に何が出来た……?」

「…………」


 シュエットの問いに、シアは唇をきつく結ぶ。


「結局……俺達には足止めすら満足に出来なかった」

「相手はイモータル・セブンよ。そんなに自分を責めること――――」

「悔しくないのかッ!?」


 シアが言葉を言い切らない内に、シュエットが怒号を飛ばした。


「俺は……俺は、悔しい……! 死ぬほど悔しいんだ……ッ!」


 シュエットとシアは、本気を出したトレイズの足元にも及ばなかった。


 今回の戦い、二人は完全にトレイズに生かされているだけだった。


 殺せるハズの二人を殺さず、あろうことかノアの魔法から二人を守り、そのために魔力を使い果たしている。


 それがシュエットにとって、たまらなく悔しかった。


 トレイズに生かされ、本来なら守るべきミラルに逃され、シュエットは己の無力さを噛み締めていた。


「シュエット……」


 そんなシュエットを見つめながら、シアは小さく呟く。


 そして――その顔を適当にどついた。


「!?」


 わけがわからず目を白黒させるシュエットを軽く睨んで、シアは腕を組んでみせる。


「なんで殴った!?」

「ムカつくから」

「そんなぁ……」


 不条理な言い分に、思わず情けない声を上げるシュエットだったが、シアの顔つきを見て表情を変えた。


「あたしだって……悔しいに決まってんでしょーが……。何アンタだけ勝手に一人で悔しがってんのよ」


 はっきり言って、シアもシュエットとほとんど同じ気持ちだった。


 シアは、エリザがあればある程度はやれると思っていた。それなりの技術があると思っていたし、自業自得な理由が多いとは言え修羅場もくぐったつもりでいた。


 しかしそれら全ては、トレイズの前ではほとんど通用しなかった。


 不意打ちでダメージこそ与えられたものの、その後は一方的に敗北したのである。


 おまけにそのトレイズに命を救われたとあって、黙って流せる程シアの気性は穏やかではない。


「……そうか。そうだよな……すまん」


 平静を装っていたシアが、自分と同じ気持ちだと気づいて、シュエットは少しホッとしたような気分だった。


「……このままじゃ終わらせないわよ。わかってんでしょーね?」

「わかっているさ……! 強くなろう、俺達で……!」


 そう言ってシュエットが不敵に笑うと、それにあわせてシアも笑みをこぼす。


「ま、流石に今日は休むわよ。ほら、終わり終わり」


 シアに促され、シュエットはようやく大人しく剣を収める。


 鍛錬は大切だが、それと同じくらい休息は必要だ。


 シュエットも今日はシアの言う通り、もう休むことを決めた。



***



 その日の夜、ミラルは客室でチリーの休むベッドのそばにずっと座っていた。


 食事の時もその場所を動かず、そこでチリーと共に食事をとった程だ。


 そして今も、チリーのそばでずっと様子を見ている。


「ねえ、まだ眠れない? 大丈夫? 汗、拭いた方がいい?」

「…………」


 この調子で、ミラルは数分置きにチリーに声をかけていた。


「まだお腹空いてたりする? 何かもらってこようか?」

「あのなー……。別に病人ってわけでも重症者ってわけでもねェって何回も言ってンだろーが……」


 チリーの身体は、ゼクスエリクシアンへの急激な変化で疲弊している状態だ。いきなりあれだけの力を振るえば、流石に平気ではいられない。


 しかし傷自体はミラルの魔法で治癒されており、ほぼ無傷と言って良い状態だ。後もう少し休めば、歩けるくらいには回復するだろう。最初は動かしにくかった手足も、今は動かすこと自体は難しくない。


「だって……心配で……」


 だがミラルの不安も、わからないチリーではない。


 ヘルテュラシティでの殲滅巨兵モルスとの戦いでミラルが意識を失った時は、チリーも同じように動揺したのだから。


「……まあ、ありがとな」

「うん……。何かあれば、いつでも言ってね」


 ミラルはこのテイテス王国の王女だ。それがこんな風にメイドのように振る舞うのはいかがなものかと思うチリーだったが、その心地よさに身を委ねてしまいたくなる。


 ミラルがそばにいてくれるという、心地良さに。


「心配っつー話なら、俺はお前の方が心配だけどな……。なんともないのか?」


 チリーは実際にその現場を見たわけではないが、シアの話だとミラルは聖杯の力で魔法を使ってノアと戦っていたという。


 魔法は本来、ミラルが持つハズのない力だ。十中八九、その全ては聖杯由来だろう。


 元々、聖杯で魔力を吸収していたミラルには少しずつ異変が起こっていた。今では、チリー同様他人の魔力を感知できるようになっている。チリーの中の魔力炉が二つあることを断言したのも、ミラルだ。


「一応、なんともないけど……。でも、あの時感じた力は、今は感じないわ」


 ミラルはノアとの戦闘中、魔法が使えなくなったという。


 魔法が使えることを前提とした場合、原因は恐らく魔力切れだろう。


 ミラルの聖杯の中には、これまでの旅で数人分のエリクシアンの魔力が吸収されていた。それらの魔力が魔法に使われたのなら、途中で切れたと考えるのが妥当だろう。


「正直、未だにわからないの。どうしてあんなことが出来たのか……」


 ノアはソレを、シモンの仕込みだと言っていた。しかしそれ以上のことはミラル自身にもわからない。


「……もう使うなよ。お前の身体に何があるかわからねェ」


 チリーは、出来ればミラルを全ての宿命から解き放ちたかった。全てが終わった後、ミラルが後戻り出来ない状態になっているのは避けたい。


「……別に良い。私も、エリクシアンになっちゃえば良いのよ。それでチリー達を守れるなら」

「お前ッ……!」


 怒鳴りかけて、チリーはミラルの目を見て言葉を止める。


 その目は、真っ直ぐで……チリーだけをジッと見ていた。


「チリー、言ってくれたよね。この先の未来を生きるって……でもこのままじゃ、チリーは取り残されてしまうわ」

「……」


 エリクシアンと人間の寿命は、違う。チリーやニシル、青蘭が三十年経っても昔と変わらない姿なのは、もう人間ではないからだ。


 人間はエリクシアンより遥かに早く死ぬ。この先を生きれば、チリーは少しずつ取り残されていくだろう。


 そして今のチリーは、ただのエリクシアンではない。聖杯の力で、人間に戻せる保証はないのだ。


「だから私、人間じゃなくなっても良い。チリーと、同じ時間を生きたい」


 そっと、ミラルの手がチリーの手を握る。


 チリーは優しく握り返して、ミラルを見つめた。


「お前には、普通に生きてほしい」

「……いらないわ、そんなの」


 その抱擁するような思いに、包まれてしまいたくなる。


 抱きしめるように手を握る温もりが、どうしようもなく愛おしい。


 怖かった。


 誰かを愛おしく思えば思う程、喪った後のことを想ってしまう。


 傷ついた心が作ったかさぶたが消えない。


 表面だけが固くなった心が、これ以上傷つかないためだけに触れられるのを拒んでいた。


 ティアナの時のような思いは、もう二度としたくなかった。


 そう思って、投げ出した三十年だった。


 だけどその手は、もう一度伸ばされてしまった。


 その手が強く握り込まれてしまって、また温もりを思い出してしまっていた。


 がらんどうにしたハズの胸の奥が満たされる。


 チリーはゆっくりと、身体を起こした。


「ミラル……」


 左手でそっと抱き寄せて……チリーはその柔らかな唇に唇を重ねた。


 驚いて目を見開くミラルだったが、すぐにチリーに全てを委ねた。


 停止したような時間が、淡く微かに流れる。


 夜の静寂に包みこまれて、一瞬だけこの時が切り取られたようだった。


 ただそっと唇を重ねるだけの行為が、どうしてこれほどまでに愛おしいのだろう。


 唇を通じて、言葉や想いが相手に流れ込んでいるような感覚さえあった。


 チリーの手に、ミラルの亜麻色の髪が流れる。


 ミラルの頬に、チリーの銀髪の毛先が触れている。


 溶け合うような距離の中で、二人は互いを感じ合っていた。


 そっと唇を離してから、チリーは強くミラルを抱きしめる。


「俺と…………生きてくれ。俺も、お前と生きたい…………ずっと」


 震えるような声音が、ミラルの耳元をくすぐる。


 そっと抱き返して……それがもう答えだった。


 強く握りあった手を、もう離したくなかった。


「……あなたと生きる。ずっと」



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