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第三話 洞窟は鼻毛の伸びが早い


 すぐさま攻撃を開始したスルリグの初手。騎士剣の斬撃は先頭の“ボーンゴーレム”の斧を持つ手を打ち払った。


(斧を持つ手さえ打ち払えば致命傷は受けない……!)


 ニ年に及ぶ“王国直下の戦線”の維持は騎士団の数を運の悪い順に半減させる事にはなったが、生き残った騎士達は“神々の恩寵”の外にある強さを得ていた。


 それは智慧。


 どの攻撃を喰らえばどの程度の怪我を負うか。


 どう動けば避けられるか。


 己の身体は何処まで敵の攻撃に耐えられるか。


 二年間の蓄積は、もはや神業の領域へと辿り着きつつあった。


 だが、その智慧を以てしても、ほんの五%とも言われる“智慧と経験をすり抜けてくる運命じみた攻撃”には抗えずに、直撃してしまう事がある。


 “ボーンゴーレム”の様な複雑な腕を持った魔物に連続して攻撃を加えられたなら、不意を受けるのは仕方がないのだ。


 経験の浅い補充兵や、第一階層に住んでいる野良の魔術師達や神官等の臨時後衛組はたった一撃で即死する事もある。そうなれば先程のように戦線が崩壊しかねない。


 今回の様な事は月に一度は起きている。


 その度に地上の聖職者へ“復活”の魔法を掛けて貰いに行くのだが、金にがめつい彼等は一枚でも多くの金貨をせびるべく、のらりくらりと騎士団の口撃を躱わして蘇生を遅らせるのだ。


「国の滅亡が掛かってるんだ!」


 スルリグがそう言って神像を蹴り壊した事は一度や二度ではない。


 だが、生臭坊主達は信仰を盾に取り、あくまで他の者と同じ高額なお布施を要求し続けた。


 おかげで金貨十万枚なんて目じゃない程の金が連中に流れてる。


 蹴り壊す度に毎回豪華に作り直される神像にも腹が立っていた。


 陛下への進言もしたが、民の忠誠は宗教によって担保されているのでいたずらに関係をこじらせる訳にはいかぬ……との答えだ。


 毎月一人ほど減っていく騎士団の同僚。


 長い地下生活。


 霞のロードヴァンパイア。


 彼等は限界だった。


「迷宮の奥底から王国に宣戦布告した古の王子レイアードを退治し、魔剣を取り返した者に近衛騎士の称号と金貨十万枚を与える」


 そう書かれた立て札が立てられてニ年。


 地下五階の大広間にて無限に湧き出てくる魔法生物の群れを騎士団が防ぎつつ、裏から冒険者達が侵入してレイアードを討つ……と言う作戦は良い報告もないままだ。


 これならいっそ騎士団の精鋭を背後に……いや、それでは戦線が崩壊してしまう。


 いやだが、しかし、でも……。


 ジリ貧だった。


 このままでは戦線が崩壊して、溢れ出た魔法生物の群れが王国を蹂躪するのは時間の問題だ。


 ……だが、希望が見えない訳ではなかった。


 その名は秋。


 秋が来れば王国の国庫に税金が入る。その金さえあれば、高い“神々の恩寵”を受けていたがために高額のお布施を要求されて復活すら出来ず冷凍庫に塩漬けにされている騎士団の同輩を復活出来る。


 その一部は既に灰になっており、蘇生の難しい状態ではあるが、充分に蘇生させる金貨に見合う強さを持っている。


 それなら一時的にでも戦線を立て直す事が出来るだろう。


(アイツ等が……アイツ等が復活出来たら……!)


 スルリグは剣を振るって“ボーンゴーレム”の攻撃を弾いた。


「残り四十分付き合ってもらうぜ……」


 転倒させるだけのシールドバッシュ。


 牽制だけの剣。


 眼力を込めた迫力だけのフェイク。


 無限にも思える戦闘時間。


 戦況は徐々にだが傾いていった……。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、一時間半後に二人の味方を連れて帰ってきた爆装士(グレナディーア)が見たのは粉々になった“ボーンゴーレム”の骸と、床に倒れ込んで死にかけたスルリグだった。



「お疲れ様、薬草持ってきたけど……後五時間イケる?」


「もぅ鼻毛抜く力もねぇよ……」


 泥だらけのバケツヘルメットの隙間から情けない声が漏れる。


「はっはっは、元気じゃないの」


 爆装士は笑顔でヘルメットの隙間に薬草を捩じ込んだ。



補足:どれだけ能力差があっても確率には5%の誤差が生まれるそうです。

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