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第十話 一つの終戦

 


「霞のロードヴァンパイアだっ! しかも手負いだぞ!」


 戦場を切り裂く伝令の絶叫。


 それと同時に戦線を支えている騎士達は宿敵の養分とならぬ様に盾を構えて後退する。


 手負というチャンス。


 それを逃す騎士団員ではない。


「くたばれヴァンパイアロードォオオオオ!」


 先の一撃は盾を捨てて打って出たスルリグだった。


 散々練習した騎士剣による連撃。


 そして、それをサポートする様に懐から飛び出した二つの手首……“杓子”と“漁火”から闇と炎の奔流が溢れ出した。


「な、何だこの炎はッ……火炎(ラハリト)と……闇だとッ!」


 霞のロードヴァンパイアは不意を打つようなスルリグの連撃を硬質化した爪で危なげもなく受ける。だが、それと同時に放たれた魔法攻撃の様な攻撃には怯んだ。


 この世界で霞のロードヴァンパイアと呼ばれている彼は、元の世界ではヴァンパイアロードと呼ばれていた。そして、彼はヴァンパイアのロードと名を受けていながら呪文無効化率ゼロと言う弱点を背負っていた。


 その弱点を克服すべくこの世界の魔法無効化率の高い装備で身を固めていたが、その無効化率を貫通する闇の一撃には怯まざるを得なかったのだ。


「ソルトッ! この隙に斬っちまえーー!」


「分かった……二羽のヴォーパルよ……舞い散れ!」


 ソルトの攻撃は一撃必殺の首斬を二連叩き込む致死率200%の技だった。


 左右の鞘から走る剣閃。下段からの抜き打ちはペケ字を描いて霞のロードヴァンパイアへと迫る。


「格下の分際で小癪な! 窒息ラカニト!」


 霞のロードヴァンパイアは右手の掌をスルリグ達に向けると、無音の空気の塊がパーティ全体を吹き飛ばした。


「家畜だと思って殺しはしなかったが……ここまで強くなるとは……誤算だったか、貴様等だけは……皆殺しにしてくれる! 大凍マダルト!」


 魔法のニ連撃。


 左手から放たれた猛吹雪はスルリグのパーティを直撃した。


 爆装師は最後の息を振り絞った。


「温暖……!」


 途端に吹雪の圧倒的な冷気は僅かに鈍った。


「ってか掛けてなかったのかよ……」


 スルリグが毒づきながら剣を杖にして立ち上がると、マントの隙間から二本の手首がひょっこりと現れる。


「キュキュキュ!」


「ふなーー!」


 遅れて騎士団長が立ち上がり、深呼吸を行った。


 その背後では爆装師とソルトが喉を抑えて痙攣している。


窒息マカニトに耐える程の者が二人……いや、四人か。危険だな」


 霞のロードヴァンパイアは言い終わると同時にスルリグに向かって蹴りを放った。


 以前であれば見えざる一撃。されど、スルリグには積み重ねてきた神々の恩寵と知恵と経験があった。


(何度も同じ手を食らうかッ!)


 スルリグはその蹴りを剣で受ける。


「くっ、では他の者を襲うまで!」


 ロードヴァンパイアは空中で翻り、蹴りの反動を殺して一気に後衛へと駆け抜ける。


 ザリッ! と肉の裂ける音が二回。


 床に臥している爆装師とソルトはトドメとばかりに腹を抉られて転がった。


 その身体からは神々の恩寵が抜けていき……霞のロードヴァンパイアの傷を癒やした。


「ふふふ……ハハハ……まだやるか? 今なら四レベルドレインを二回で許してやっても良いぞ……?」


「ぐっ……!」

「クソッ!」


 二三剣を撃ち込んで得た感覚で言えば、霞のロードヴァンパイアは例え手負いであっても、正攻法では倒せない。


 事前に立てた作戦ではスルリグと騎士団長が連撃を行って身体を縫い留めている間にソルトの首刎ねで一撃死を狙う作戦だったが、ソルトが呼吸困難に加えて麻痺や毒を受けて白目を剥いて倒れている今はその作戦は通用しない……。


「一か八か突っ込んでみますか団長……?」

「……いや、待てよ。もしかし……スルリグッ! 俺を一分間護れ! 奴を逃がすなッ!」


 何かを察知して、咄嗟に逃げようと次元を歪ませる霞のロードヴァンパイア。


 それに対して従騎士の一人が声を上げた。


「卑怯者ッ!」


 その声に霞のロードヴァンパイアは反応した。


「なんだ……脆弱な人間風情が……神々をも屠るヴァンパイアロードを……卑怯者だとッ!」


「ああそうだぜ! 卑怯者がっ! 逃げずに戦いやがれッ!」


 スルリグは満身創痍ながら例の二連撃を放つ。


 そして、その両サイドから炎と闇が吹き上がる。


「フン! 二度同じ技を使うとは舐められたな!」


 霞のロードヴァンパイアはマントを一振りして全ての攻撃を弾き飛ばした。


「まだ終わってねぇぜ! どおりゃあ!」


 スルリグは弾かれた勢いを半回転させて騎士剣を放り投げた。


「こんな攻撃が当たるとでも……? この虫ケラがッ!」


「ぐわぁああっ!」


 ロードヴァンパイアはスルリグの脚を踏み砕き、左右にはみ出ている二人の精霊を瞬時に蹴り飛ばした。


「無駄無駄ァ!」


 そして、爪先を鳩尾に刺すようにしてスルリグを蹴り上げた。


 ……グシャッ。


 誰もが敗北を確信する落ち方だった。


 騎士団長が「一分間俺を護れ」と言って二十秒も経っていない。


「終わりだな」


 ロードヴァンパイアは両手をスルリグ達に向けて呪文を詠唱した。


大凍マダル……


「そうはいかねぇ……ぜ」


「なにッ!?」


 スルリグの口から絞り出すような一言が漏れた瞬間。


 霞のロードヴァンパイアの背後から鋭い槍の一撃が繰り出された。


 ロードヴァンパイアが振り返ると、胸にスルリグの騎士剣が突き刺さった六本腕のボーンゴーレムが立っていた。


「貴様剣は私ではなくコイツに投げたのかッ!」


「二年間、知恵と経験だけは積んできたんで……な」


 次々と襲い掛かる六本の腕。


 その全てを一撃で弾き返し、七回目の攻撃でボーンゴーレムを吹き飛ばした霞のロードヴァンパイアはスルリグの面に振り返った。


「破邪!」


 騎士団長の詠唱は僅か三十秒足らずで終了し、その効果を発揮した。


 破邪とは、聖職に就いている者や聖騎士が使える邪悪を消滅させる力。レベル差があれば当然消滅させる確率は低いが……今回は幸運を引き当てた様だ。


 もしかしたら“五%とも呼ばれる運命地味た一撃”を引いたのかもしれないが、どうしてそうなったかは神のみぞ知る事。


「まさか、この私が……! 何故だッ……!」


「装備で誤魔化してるみてぇだが、お前自身の魔法無効化率はゼロなんだろ……? スルリグの子分が放った攻撃がなけりゃ見破れなかったぜ……」



「そんな事で……ぐぐ……ぐわぁー!」


 ブシュ……と音を立てて霞のロードヴァンパイアは消滅した。


 同時に歓声が上がる!


「やったぞ……スルリグ! ……スルリグ? あれ? これ死んでね……?」


 騎士団長に顔を覗き込まれたスルリグの意識はそこで途絶えた。


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