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対話を望む


 今日も耳元でいつものように力が騒ぐ。億劫に感じて寝返りを打つと、急かすように更に力が膨れ上がり、今にも弾けそうになった。その頃になって伏せていた目をようやく開けて、寝台の上に身を起こす。今日も今日とて、今にも爆発しそうな力が全身にあふれていた。



「……またか」



 私が起きたことを察して、先ほどから暴れかけていた森羅万象の力がじわじわと落ち着いていく。目覚まし代わりに力を増幅させて起こそうとするのはやめろ。もし気付かなかったらどうするのだ。


 掛布の中から手を出して、その手の平を見下ろす。膨れ上がった力が肉眼で捉えられるほどにハッキリと窺える。つい少し前まではこの世界を維持できなくなるほどに弱っていたというのに、今度は回復し過ぎた力に悩まされるとは……リーヴェが規格外のグレイスであることをすっかり失念していた。リーヴェの力が強いのか、それともリーヴェが私に向ける好意が強いのか。



「……開いている、入れ」



 寝台の上で暫し何をするでもなく手の平を眺めていたものの、今日もいつものように部屋の外に蠢く気配がひとつ。このヘルムバラドに滞在して早二週間が過ぎようとしているが、毎日これだ。さすがにそろそろ困ってきた。


 部屋の外にいるだろう来訪者に声をかけると、今日も静かに扉を開けて着ぐるみが入ってくる。隣の寝台で爆睡しているリーヴェは今日も気付かないようだ。……無理もない、毎日フィリアとエルに様々なアトラクションというものに付き合わされて疲れ果てているのだろう。



「お、おはようございます、ヴァージャ様」

「毎日毎日、ご苦労なことだ。使いの者を寄越さなくてもいいとマティーナには先日伝えたはずだが」

「は、はい。ですが、お嬢様はヴァージャ様が快適にお過ごしでいらっしゃるか、ご不便なことはないかと気にされて……お嬢様に逆らうのも恐ろしいのです、どうかご理解ください……」



 ……この世界のどこかに神がいるのだと、そう思ってもらえるだけで私には充分過ぎるのだが……逆にこうまで気を配られると案外居心地が悪いものなのだな。だが、この着ぐるみに文句を言うのも憐れだ。上の者に逆らえないというのは、人間たちの世界ではよくあること、好きにさせておこう。



「特に問題はない。明日か明後日くらいには旅に戻る予定だと伝えてくれ」

「――!! も、申し訳ございません! もしや我々に何か失礼が……!?」

「そうではない、私たちは元々旅の途中でこちらに立ち寄っただけだ。二週間も羽を伸ばせた、そろそろ本来の目的に戻ることにする」



 こうしている間に、ネイ島の外ではどういう状況になっているか。それが気がかりだ。二週間以上も経てば一時的に封印した記憶も元に戻っていることだろう、リュゼを筆頭に他の者たちの動向にも注意した方がいいかもしれない。


 深々と頭を下げて部屋を出て行く着ぐるみを見送ってから、隣の寝台を見遣るとリーヴェが唸るような声を洩らした。そろそろ目が覚めるのも近そうだ。



 ……この世界の在り方を変える、か。言葉で言うのは簡単でも、その方法は実に難しい。今の世の象徴となっている皇帝を倒すだけで変わるのならば楽なものだが、そう簡単に事が運ぶとは思えない。リーヴェやマティーナのような者が新しい皇帝の座に就けば徐々にでも変わっていくのだろうが、今の世ではそれすらままならない。破壊するばかりが“力”ではないことを、どうすれば人は理解するか。


 寝台から降りて大窓の方へと歩み寄る。本来ならば普通に壁として造られているだろう一面が窓というのも悪くないものだ、ここから見える景色はいつ見ても飽きることがない。


 ……マティーナたちが慈しみ、創り上げたこの夢の国は実によい場所だ。

 破壊するばかりでなく、慈しむことのできる者が上に立てばこの世界も変わっていくのだろう。



「(……現皇帝が何を思っているかわからない以上、一概に皇帝を悪だとするのも違う。フィリアは反対するだろうが……叶うのなら一度、今の皇帝と対話をしてみたいものだな)」



 帝国までの道のりはまだ遠い。集めようと思わなくとも、道中で帝国や皇帝に関する話も聞けるだろう。どうするかは、その話を聞きながら考えても遅くはない。


 ……取り敢えず、今はこの予想以上に回復し過ぎた力をどうするかが当面の問題だな。早いところ馴染んでくれるといいのだが。



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