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盲目の少女


 ナーヴィスさんの案内で無事に宿を二部屋取ってから夢の国の中心部へと向かったオレたちは、フィリアに散々連れ回されてクタクタになっていた。


 孤児院で悪ガキたちの相手をしてて重々承知してたはずなんだけど、子供の体力ってこういう時は本当に無限になると思う。こっちが疲れ果ててもフィリアもエルも疲れたような素振りさえ見せない。お前ら渓谷の時は疲れたって言ってたじゃん、正直あの時と同じくらいハードだぞ。



「(……まあ、楽しそうだし、幸せそうだし。こんな時くらいはいいか)」



 この夢の国ヘルムバラドには、色々な乗り物がたくさんある。

 大勢の客を乗せてそのまま何回も回転したり、猛スピードで飛び上がったかと思いきやそのまま何回かに分けていきなり落下したり、……後者のあれは本気で気持ち悪かった。


 カップに数人で乗って真ん中のハンドルを回す悪趣味な遊びもあったな、回せば回した分、乗ってるカップがメチャクチャ速く回転するものだから面白がったフィリアにひどい目に遭わされた。――現在、その被害から抜け出せてないヴァージャが隣でぐったりしている。


 ……正直、今はあんまり二人でいたくないんだけど、かと言って一人にするのも心配だからな。



「おーい、大丈夫か? ……冷たい飲み物でも買ってこようか」

「お前が船の上で言っていたことが……よくわかった。人間はこれらの……いったい何が楽しいのだ……」

「わかったわかった、ちょっと飲み物買ってくるよ。ここで待っててくれ」



 こりゃ重症だ。ベンチの肘掛けに伏せる形でそんなことをおどろおどろしく呟いてくる様は普段は見れない珍しい姿なんだけど、心配にもなってくる。神さまをこんなに弱らせるなんて、この夢の国もフィリアも恐ろしいな。


 ちょうど近場に飲み物の出店があるのもあって、ヴァージャのために調達することにした。気分が優れない時は冷たいものでも飲んで落ち着いた方がいいだろう。ちなみに、フィリアとエルにはナーヴィスさんが同行して、今もあちこちで遊び回ってるはずだ。子供がいる父親ってのはすごいもんだ。それとも、船乗りだから乗り物の揺れには慣れてるのか。



「うるせえなぁ! 邪魔すんなよ!」



 出店に向かう道すがら、そんな声が聞こえてきたから反射的にそちらの方に目が向いた。すると、カップルらしい男女二人が一人の女の子を突き飛ばす瞬間が見えてしまった。いるよなぁ、ああいう女の前だと強気に出る男。それで女も「カッコイイ~!」なんて言うから余計に調子に乗るんだ、なんてやつらだ。


 突き飛ばされた女の子の傍に駆け寄ってみると、彼女は困ったように辺りを見回していた。まさか、どこか痛めて立てないとか……いや、待て、あの子……。



「大丈夫かい?」

「えっ……あ、はい」



 困ったように辺りを見回していた彼女に声をかけると、こちらを見上げてきた。その目は伏せられていて、思い違いじゃなかったことを悟る。


 ――この子、目が見えないんだ。

 そんな女の子に邪魔だとか言って突き飛ばすなんて、余計にさっきのカップルが許し難い。あいつらなんてこの夢の国で夢じゃなくて悪夢でも見ちまえってんだ。



「何を物騒なことを考えてるんだ、お前は」

「あれ、もういいのか? いや、この子がさっき変なカップルに……」



 少女を助け起こしていると、乗り物酔いでダウンしてたヴァージャがいつの間にか後ろに立っていた。その顔を見上げてみるけど、顔色的にはまだ生き返ったとは言えそうにない。


 ヴァージャもまだ本調子には程遠そうだし、この女の子の親を探すついでに休憩できる場所にと思ったところで、何を思ったのかさっきのカップルがニヤニヤしながら戻ってきやがった。



「なになにお嬢ちゃん、連れがいるならちゃんと言ってよぉ」

「ねぇん、お兄さんたちぃ。ちょっとイイ話があるんだけどぉ、どう?」



 なんだ、この胡散くさいが服着て歩いてるようなカップルは。こうまで「胡散くさいです」って連中もなかなかいないぞ。っていうか、手の平返すならまずはこの子に謝れってんだ。


 腹の底でそんなことを考えていると、少女がくい、と控えめに服の裾を引っ張ってくる。「聞かないで」と小声で言ってくるところから、この子はこいつらの事情や要件を知ってるんだろう。



「いい話?」

「あら、素敵なお兄さん、話がわかるわねぇ。そうよぉ、あたしたちこれでも旅の薬売りなの♡」

「貴族がこぞってほしがる“不老長寿の霊薬”、これには神の生き血が入ってるんだ。どうだい、今ならお安くしときますぜ」

「あたしイケメンだぁい好きだから、これ飲んでお兄さんのその美貌、長く保ってほしいなぁ~♡」



 ヴァージャがちょっと声をかけると、それはもうものの見事に食いついた。男が懐から透明な瓶を取り出し、女はヴァージャの腕に自分の両腕を絡めてしなだれかかる始末。これまでだったら気にならないことだったはずなのに、今となっては内心イライラしてどうしようもなかった。


 ああ気付きたくなかったな、気付きたくなかったよこんなの。さっさと振り払え、その女。


 ……いや、そうじゃない、そこじゃない。そこも確かにムカつくけど。



「……神の、生き血?」



 男がサラッと口にしたその言葉は、聞き逃せないポイントだった。思わずヴァージャと顔を見合わせてしまったけど、多分考えてるのは同じことだろう。これは心が読めなくたってわかる。


 ……まさかこいつら、超不運なことに神さま本人に詐欺を働こうとしてるのか。


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