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ヘルムバラドとヴァールハイト


 青い空に白い雲、オマケに季節は夏ときた。

 海岸沿いにはまさに「イモ洗い」と称すに相応しいほどの人の姿が見える。水着美女も多いんだろうけど、生憎と今のオレのコンディションじゃ目の保養のためだけにあの人の波に揉まれる勇気はない。



「随分と疲れているようだな」



 人で賑わう街中を歩く最中、傍らからヴァージャの声がかかる。



「これからは帝国に行くの月イチくらいにしない? それ以上空くとフィリアのマシンガントークが手に負えないレベルになるからさぁ……もう寝ようって言ってんのに止まらないの、あのお嬢様ほんと会うたび会うたび色々な部分が成長してやがる」

「ふ……お前を兄のように慕っているのだろう、可愛らしいものじゃないか」



 他人事だと思いやがって、この野郎。……まあ、好かれて嫌な気にもならないし、確かに可愛いんだけどさ。

 文句を言ってもどうせ効かないし、それ以上は何も言わずにヴァージャと並んで街の中を歩く。辺りには、けたたましい悲鳴や歓声が休みなく響いていた。


 それもそのはず――今日足を運んだのは、あの夢の国ヘルムバラドだ。ここは毎日のようにアトラクションが動き続け、訪れる人たちにこれまで通り楽しい夢を見せ続けている。



 * * *



 ――オレとヴァージャはあの戦いの後、ミトラたちが待つスターブルに戻った。

 オレにとって母でもあって姉でもあるミトラに「おかえりなさい」って笑顔で出迎えられた時は、ちょっと泣きそうになってしまった。旅をしてる間は懐かしむことはあっても全然平気だったのに、もしかしたらもう二度と会えなかった可能性もあったんだと――彼女と対面した時に、ようやく世界が滅亡の危機に瀕した実感が湧いた。

 無事でよかった、本当に。世界も、ヴァージャも、みんなも。


 オレたちはこの半年間、世界の各地を巡って破損したあちこちを確認している。ヴァールハイトの執務室で直すのが早いんだろうけど、ちゃんと現地に赴いて修復したいんだそうだ。自分が暴れたのが原因なのだから、って。……ヴァージャがやりたくてやったわけじゃないのになぁ。


 ひび割れた大地は、小さいものならヴァージャが正気に戻った時に修復されたけど、大陸を二分するんじゃないかってくらいに走った大きな亀裂までは完全に戻ることはなく、あちこちボロボロの状態だ。倒れた木々だって綺麗にしなきゃならないし。

 その合間に、相談したいことがあるからと皇帝やサンセール団長に帝国まで呼ばれたりもするから、わりと多忙を極めている。



「リーヴェ様、ヴァージャ様、よくぞお越しくださいました」



 それで今日は、このヘルムバラドの様子を見に来たわけだけど――今日も今日とて着ぐるみたちを左右に引き連れながら、マティーナが屋敷の出入り口で笑顔で迎えてくれた。この着ぐるみたちは相変わらず同じ顔をしてるから、やっぱり圧を与えてくる。いや、見た目は可愛いんだけどさ。



「ディーア……いや、ノクスはどうしている。たまには戻ってくるのか?」

「ふふ、お兄様は相変わらずです。ほとんど戻ってきません。でも、手紙を送ってくれるようになりました。今日はどこに行ったとか、今はどこにいるとか、次はどこに向かうとか、まるで日記みたいに書いて送ってくれるんですよ」



 ヴァージャとマティーナのやり取りを聞いて、半年前に一度みんなでこのヘルムバラドに来た時のことを思い出した。

 ディーアがマティーナの兄のノクスだと知った時に教えておけばよかったんだけど、すっかり忘れてたんだよなぁ、マティーナの目のこと。昔から盲目だった妹が久しぶりに会ったら目が見えるようになっていたものだから、あの時のディーアの反応はそれはそれは見事なものだった。何が起きたのかわからないとばかりに絶句して、挙動不審になってヴァージャに縋りついていたのは――今でも鮮明に思い出せる。


 事情を話した後に出た第一声は「なんで言ってくれなかったんですか!?」だった。そりゃそうだ、悪かったよ。


 マティーナの目はすっかり光を取り戻し、こうしている今もオレとヴァージャの姿をハッキリとその目に映している。

 妹の目が見えなかった頃は、手紙を書くのも気が引けてたんだろうなぁ。ディーアがどんな顔して手紙を書いてるのか、想像するだけでなんか微笑ましい。



「そう言えば、ヴァールハイトは?」

「今は大人気の水族館になっていますよ、連日大盛況です」



 世界が崩壊する一歩手前までヴァージャの力が弱ったことで、ヴァールハイトはものの見事に墜落した。もし地上に落ちていたらと思うとゾッとするけど、幸い……と言ってもいいのかどうか、落ちた先がヘルムバラドの近くの海だったため、地上に被害が出ることはなかった。

 それでも、あんな塊が勢いよく落ちてきたんだから大津波が起きたことは想像に難くない。それなのに、このヘルムバラドは何の被害も受けることもなく今も普通に存在し続けている。


 それというのも、いざという時のために、このネイ島にはしっかりとした防衛機能が備わっているらしい。有事の際には島全体をドーム型の頑丈な結界と防壁で包み、海中に潜水することもできるとのこと。それもやっぱりグリモア博士の仕業なんだろうけど、今回はそのお陰で事なきを得たわけだ。



「神さまの城が、今や水族館……ね。はは……いいのか?」

「執務室や書庫は切り離してある、問題ないだろう」

「水族館には動き回るようなアトラクションは一切ありません、ヴァージャ様もきっと気に入ってくださると思います! この後、デートなどいかがですか?」



 ほんとに? 自分の城が水族館になってていいの?

 なんて考えるオレに、聞き捨てならない追撃をぶち込んできたのは当然マティーナだ。少しばかり表情を引き攣らせながら彼女を見遣ると、当のマティーナは対照的に目と表情をキラキラと輝かせている。眩しいくらいだ。

 ほんと、迂闊だったよなぁ。まさかあんな緊急時でも皇帝の術が解けないで世界中に見られてるなんて思わなかったよ。お陰で「神さま」っていう存在が良くも悪くも世界中の人たちに知れ渡ったんだけどさ。



「実は、お二人の深い愛に感動しまして、来年からは挙式も取り扱うことにしたんです! 全面的にバックアップさせて頂きますので、式を挙げられる際はぜひこのヘルムバラドで!」

「挙げるか?」

「やだよ」



 ヘルムバラドがどんどん発展していくのは嬉しいし、それに貢献できるんだとしたら光栄なことだけど、さすがに式は無理だ。ヴァージャも悪ノリするな。


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